第29夜 宿命




  私はいつだって、世界の中に独りだった。

  どんなに世界に人が居ても、私は孤独だった。


  運命の転生。


  終わり無き宿命。


  与えられた定めに抗うことも知らず、繰り返される戦いに身を委ねる。


  すべては世界の終わりを止める《終止者》として―――。






 第29夜 宿命





  始まりなんて、覚えていない。

  私は人間が生まれるより先に創り出された。

  神が創った世界が壊れぬように、世界の終わりを止める神として創られた存在だった。


  神に創られた《神》。


  それが私だった。



  人間が神の手を離れても、神でありながら私は人間の世界に放たれた。

  人間たちの中に紛れ、もしも世界が終わりを迎えそうな場合は阻止するため。


  神は人間への干渉を止めたが、世界は愛していた。


  立ち入ることの出来ない神に代わり、《終止の神》である私が世界の終わりを止める。


  それが《終止者》と呼ばれる神、―――私の使命だった。





  昔々、私は今で言う古代人たちと一緒にいた。

  別に隠す必要も無く、彼らは私が神だと言うことを知っていた。

  世界が破滅に向かう時、共に戦う仲間だった。

  彼らは私を受け入れてくれた。


  けど・・・・・・・。


  人間と神は、やっぱり違う。


  神としての力を持ち、身体能力も人間よりある。

  そんなだからか、人間たちは私を崇めて、どこか距離を置いていた。


  ―――それが・・・寂しかった。


  人間がトシごとに成長し、年老いて行く。

  でも私は一定の成長期間を終えると、それ以上の成長は止まり年老いることも無い。

  周りの人間たちが年老いて、寿命で死んでいっても、
  100年・200年たっても、私はだいたい17才の姿のまま。

  私が戦いで死んだとしても、すぐに魂は転生される。


  また《終止の神・》として、力も記憶も持ったままで。


  その時には、私が知っている者たちは居ない。

  居るのは、その意思を引き継いだ者たちだった。

  戦って死んで、転生して戦って、また死んで転生する。


  それが、幾度となく繰り返される。

  終わりなど無かった。


  ―――思い知らされる。やはり人間と私は違うのだと。


  私を受け入れてくれても、私を受け止めてくれる者など居なかった。


  それでも、人間とは仲良くやっていたんだ。


  あの時までは・・・―――――。





  突然だった。

  油断して、私は人間たちに捕まった。

  彼らは私が知っている人間たちとは、違う仲間だった。

  彼らの目的は、<世界を守る神>を自分たちの手で創りだすこと。

  本当のところは、自分たちに都合のいい<神の力を持った兵器>を創りだすことだった。


  その兵器の材料として、私は捕まった。

  神である私は、彼らにとって最高の素材。

  私は閉じ込められた。

  冷たくて、暗くて、光が無い部屋。


  ―――どうして私がこんな目に遭う?


  ―――ずっと人間たちと共に戦ってきたのに!!


  ―――ずっと人間たちが住む世界のために戦ってきたのにッ!!



  行き場の無い怒りと憎しみと悲しみ。深い失望、絶望。


  人間が・・・好きだった・・・。

  だから、仲間だと思って、世界のために、彼らが住む世界を救おうと、がんばって来たのに・・・・・。


  その仕打ちがコレ。


  ―――信じていたのに、裏切られた。人間に。


  生きる希望が、失われていった。

  何もかもが、私の中で失われていった。


  私の他にも<素材>がいるらしく、夜な夜な一つ、また一つと、気配と魂が消えていくのが分かった。


  決まって、ソレは夜。


  いつ私はあの人たちのように、実験に使われるのだろう。

  私と言う<素材>は貴重だから、たぶん最後・・・。


  夜は恐怖と不安以外のなんでもなかった。

  眠りにつくことなど、できなかった。

  次第に夜は眠ることができなくなっていった。

  夜、唯一の慰めが、ほんのわずかだけ注がれる月明かりだけだった。


  なんども、その月明かりに手を伸ばした。

  決して届かないと分かっていながら、救いを求めるように―――。


  届かない手を伸ばして、歌を口ずさんだ。

  そうして、壊れかける自分を必死に保っていた。





  閉じ込められてから、何ヶ月たっただろう?

  もう何年もの間、閉じ込められいたような気さえする。


  ついに私は、歌を口ずさむことさえ、出来なくなった。


  生きているのに、死んでいるようだった。

  もう何も感じない。


  ううん、感じることもある。


  人間に対する恐怖と不安。絶望と失望。

  裏切られた、何も信じることなどできない―――。


  闇のように黒い感情に、私の精神は完全に支配されていた。



  そんな時だった。

  閉ざされていたドアが開き、懐かしい外の光と共に―――。


  が、私の前に現れた・・・・・。


  私に手を伸ばしてくるに、ビクついた。

  怖くて・・・怖くて・・・、この人も私を傷つけると思ったから・・・・・。

  震えながら身を硬くし、恐怖に目を瞑った。


  ・・・・・何が起きたのか分からなかった。


  部屋から引き摺り出されて、実験に使われると思っていたのに。

  ・・・・・彼は私を抱きしめていた。
 


  「大丈夫。俺はお前を傷つけたりしない」



  ―――わたしを・・・キズつけない・・・?



  「ごめんね。迎えに来るのが遅くて」



  ―――迎え・・・?ダレが?ダレ・・・を?



  「もう人間なんかに、酷い目に遭わさせたりしない」



  ―――ほんと・・・に?この人は・・・信じられる・・・?



  「お前は俺が守るよ」



  ―――・・・・・『守る』・・・。



  はじめてだった。

  ずっと私は守る側だったから、『守る』なんて言われたのは、はじめてだった。



  抱きしめられて、彼は暖かかった。

  こんな暖かさを、今まで私は知らない。


  気が付いたときには、私は彼にすがり付いていた。





  に助けられた、それからは彼とふたりの生活が始まった。


  今まで自分が頑張ってきたコトの反動か、失望と絶望に私は何もすることが出来なかった。

  声を出すことも出来なくなっていた。


  裏切られて、深くキズつき、誰にも心を開くことが出来なかった。

  心が、完全に病んでいた。

  虚ろな目をした、涙を流すだけの生きた人形。


  そんな私の側に、は居てくれた・・・・・。

  食事や掃除、お風呂や着替えまで、彼は献身的に私の看病や世話をしてくれた。

  声に出さなくても、思っただけで私の言いたいことが、彼には理解できていた。


  ・・・わからなかった。

  どうして、彼がここまでしてくれるのか・・・・・。



  だから時々、困惑がイラつきに変わって、わざと当たったり突き放したりした。

  そうすると、彼は決まって・・・。


  悲しそうに、困ったように微笑んでいた。


  おそらく無自覚で、本人も自分がそんな顔をしているんて思っていないだろう。


  ・・・それでも、彼は私の側に居てくれた。

  むしろ彼の方が私から離れるのを・・・、私が離れていくのを恐れているようだった。


  彼は、私のためにイロイロなことをしてくれる。


  彼は良く私の頭を撫でてくれた。

  私が泣けば、抱きしめてあやしてくれた。

  不安になれば「一番だから」、「大好きだよ」、「愛してる」、「独りにさせない」と、
  望んだ言葉を囁いてくれた。

  裏切られて、誰にも心を開くことが出来なかったけど、次第ににだけには心を開いて行った。

  信じられるのは、だけだった。


  ふと、気づいた。

  私は、今まで彼の名を呼んだことも、彼の名前そのものを知らないことに・・・。


  名前を聞くと、好きなように呼んでいいと彼は言う。

  彼には《エンティル》と言う、戒めの名があったけど、いい意味での名前では無かった。

  本人はなんとも思ってないようだけど・・・。

  だったら、と、私が彼に《》という名前を付けてあげた。

  はとても喜んでくれた。


  そうして、私は理解した。

  彼は私の、私は彼の、互いが互いの『特別』だということに。

  『特別』だから、彼の前だけでは泣くことができた。

  彼だけには私は甘えることができたんだ。

  唯一、私が甘えられる人・・・・・。

  私はに助けられた。
  助けられたから、今こうして生きている。


  ―――が居なかったら、きっと私は生きていない。


  私は彼に甘えることを、彼の暖かさを、守られることの安心感を知ってしまった。

  知ってしまったから、もうそれが無しではいられない。


  ―――がいなかったらきっと、もう私は生きていけない。


  私はに、依存していった。





  はずっと私の側にいてくれて、私を守ってくれた。

  彼は誰よりも優しくて信頼できて頼りになる、私にとって<兄>のような存在だった。


  ―――<兄>。


  家族というものを持たない私にとって、とても憧れて魅力的な言葉だった。



  『ねえ・・・、・・・・・』

  「なに?

  『お兄ちゃんって・・・呼んでいい・・・・?』

  「―――の望みのままに」

  『本音は?私の望みは別として、の本音が訊きたい』

  「・・・が望み、求めるなら、俺はの<兄>という存在になる。
   でも本音を言うなら、俺はに付けてもらった名で呼ばれたい」

  『だったら、時々・・・時々でいいから『お兄ちゃん』って呼ばせて。
   私にとって、が<兄>のような存在だと実感できるから・・・・・』



  血の繋がりが無くても、ある意味でも兄妹である私たち。

  経緯上でも兄妹になっていった。





  そして運命の日――――。


  私にとって長い長い苦しみのはじまりが訪れた。

  から離れて、私は迷子になっていた。

  どこに行けばいいのかも分からず、ふらふらと森の中をさ迷っていると、何十人もの人間たちに囲まれた。


  ―――怖い・・・。


  怯えた。

  のことは好きだし、誰よりも信頼しているけど、
  相変わらず人間たちに負わされた私のキズは、癒えないままだったから。



  「神の力を使わぬ神など!もはや神ではない!!」

  「力の持ち腐れだ!ならば我らが神に代わり力を引き継ぐ!!」




  人間たちは、《終止の神》でありながら、キズつき戦わなくなった私には、もう価値など無いと判断したのだろう。


  ―――自分たちが慕えない神は浅ましがれる。


  だから私の神としての力を自分たちのモノにしようとしていた。


  私がこんな風になったのは、人間のせいなのに――――。

  人間は、簡単に私を切り捨てようとする。


  伸ばされてきた手に私の髪は引っ張られ、地面に引き摺る。



  『痛いっ、やめて・・・っ』



  悲鳴も叫びも、声には出なく、人間たちには聞こえない。



  「力の源、その魂を渡せ!!」



  肩に刃物が振り下ろされた。



  『――――ッ』



  声にならない悲鳴を上げ、肩から出る血と共に感じる激しい痛み。


  ・・・キズの痛みよりも、心が何倍も痛かった。


  再び振り下ろされそうになる刃物。

  本気で私を殺す気だ。殺して魂を奪う気なんだ。

  向けられてくる殺気は本物だった。


  咄嗟に私は<力>を使って人間は吹き飛ばした。


  胴体を引き裂かれて吹き飛んだ人間の上半身―――。

  噴出した大量の返り血を浴びた。


  その瞬間、私は壊れた。



  「どうして・・・?」



  自分の声が戻ったことなど気付かず、嘲笑うように問いかける。



  「どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけない?」



  今まで積もりに積もっていたガマンの限界。

  私の怒りと憎しみと悲しみは、ここに来て再びの人間たちの裏切りにより爆発し、狂ってしまっていた。



  「私の使命だから途方も無い長い間、人間達たちが住む世界のために戦ってきたのにッ!!
   いつだって私は人間たちの味方でいたのにッ!!!それを人間が裏切ったくせに!!!
   自分たちが力が欲しくて!自分たちにとって価値と都合が無くなると、勝手にイイように使おうとして!!
   それがどんなに罪なことでも無理やり正当化しようとしてッ!!!」



  返り血で流れる涙は赤く、血の涙のよう。



  「死んでしまえ!滅びてしまえ人間なんてッ!!
   汚い醜いお前たちが世界を汚すんだ!!!世界を壊そうとするのはいつだって人間だ!!!
   人間なんてっ・・・、世界のために人間の世界なんて滅んでしまえッ!!!!」




  あとは怒りと憎しみと悲しみに任せて力を解放した。



  もう冷静さも理性も無い。何も考えられなかった。

  けたたましい悲鳴と絶叫に、狂った私は人を殺す快楽に溺れていた。


  ・・・・・そして私が正気に戻ったときには、自分は真っ赤な返り血で染まっていた。


  一面が血の海。

  中心にひとり立ち、周りには人間たちの残虐死体が転がっている。

  一目瞭然だった。


  ・・・私がすべて、殺してしまったのだ。


  ――――どうして・・・こんなコトに・・・なってしまったんだろう・・・・・・。


  身を守るためだからしょうがない。正当防衛になるかもしれない。

  でも私は怒りと憎しみと悲しみに任せ、暴走し、狂って人を殺す快楽に溺れたのは事実だ。



  (こんな・・・こんなことを・・・・・、したかったんじゃあ・・・・・・)



  そんな自分になってしまい根付いてしまうことに恐れ、恐怖した。


  私の中で、黒に染まった私が嘲笑った。



  「いやぁあああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!」




  私は私を呪った。

  人を殺す快楽に溺れた、自分への決して許されぬ罪と罰。


  胸に『呪い』の証として黒い十字架の刺青のような痣が浮かぶ。

  残忍な悪魔に成り果てた私を、『呪い』として己に宿してしまったのだ。





  それから私は、に支えられて絶望から立ち上がることが出来た。

  黒い私がいても白い私は残っていることを、彼は必死に教えてくれた。



  「泣かないで」



  ある日、私が泣いているとが言った。



  「大丈夫だから、泣くな」



  私に合わされた視線。



  「大丈夫だよ。俺が必ず、お前を苦しみと悲しみから救ってみせる。護ってみせるから」



  優しく、顔を緩めて言ってくれた。

  私がが傷つかなように、壊れないように、注意してくれてるんだろう。



  『・・・・・・本当に?』



  黒い私は声が出たのに、今はまた声が出なくなってしまっていた。

  それでも私とは繋がっているから、心の声で伝わる。



  「必ず」



  断言してくれた。

  それがどれだけ頼りになったか。どれだけ心強かったか。


  今となっては私の罪と罰の証であり、苦しみと悲しみの<根源>である『呪い』から救ってくれると言ってくれた。

  うれしかった。希望だった。まだがんばれると思った。



  『約束・・・?』

  「ああ」



  目の前に手の平を向けると、も自身の平を合わせた。



  「約束するよ」



  合わせた手の平の指を絡めてきたから、私も指を絡めた。



  『約束だよ』



  呪われた魂は輪廻の輪を外れ、転生できない可能性があった。

  これではあと一度でも肉体的死を迎えてしまえば、本当の最後。
  《終止者》としての使命を果たせない。


  私は《終止者》としてこれからも生きることを誓った。

  自ら己に宿してしまった『呪い』を解き、《終止者》としての使命を果たすため、
  戦い続けることが私の宿命。






  とふたりで世界中を旅した。

  自分でも分らない呪いを解く方法を探して。


  でも見つからなくて、ある事件が起きた。


  以前、と私がいた兵器の研究施設が暴走を始めた。

  膨大なエネルギーでの爆発が起きれば、世界は吹き飛んでしまう。


  は止めたけど《終止者》としての使命を果たすため、彼の元に帰ってくることを約束して、
  私は暴走を止めるために施設に残った。


  暴走は止められた。私の命と引き換えに。


  私は・・・死んだ・・・・・。


  魂は輪廻の輪に入ることなく、次元の中をさ迷い続けた。


  そして・・・―――。










  眠っていたは薄っすらと瞳を開いた。

  自室のベットの上で、枕にしていたの膝から起き上がることなく尋ねる。



  「・・・・・どうして、がココにいるの・・・?どうして私は転生してるの?人間の身体で」



  髪を梳くように頭を撫でてくれていたの手が止まった。



  「・・・・・・・逢いたかったから。
   ――――どうしても、に逢いたかったんだ」



  申し訳なさそうにが説明しだした。



  「に逢いたくて、次元に穴を開けてココまで追いかけてきた。
   でも時間がズレて、が来る100年前に辿り着いてしまったんだ。
   ―――それから100年間大人しく力を溜め、の魂が一番近くに来た時を狙って俺の力で転生させた。
   さすがに魂を入れる器の身体は、人間のものしか創れなかったけど・・・・・」

  「そう・・・だったんだ・・・・・」



  これで今、クロスと出会うまでの謎が明かされた。

  は横向きの体勢を変え、真下からを見上げる。

  手を伸ばし、彼の頬に手を添えた。



  「長い間・・・、待たせてごめんね」



  その言葉に、が嬉しそうに微笑む。

  愛しげにの手に己の手を重ねた。









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