第30夜 鎮魂曲(レクイエム)




  ココにきて、ココまできて、俺は『呪い』からお前を救う方法を実行する。


  こんなコトをしたら、お前は哀しむだろうか?

  でもそれは一時のこと。その替わり長い長い苦しみと悲しみが終わるんだ。


  俺はお前を守りたいんだ。


  『呪い』からお前を救えば、長年続いた苦しみと悲しみのは終わる。

  それが<すべて>ではないだろうけど、それでも、俺はこれ以上は耐えられないから。

  お前を苦しみからも、悲しみからも、解放したい。


  大丈夫、俺はお前から離れない。


  存在が消滅しても、この魂はお前と一つになるのだから。





  お前に花を贈ろう。

  お前のように穢れ無き白い花を贈ろう。

  その白い花を見て、お前が微笑んでくれるなら―――。

  俺も微笑んでいるだろうから。






 第30夜 鎮魂曲(レクイエム)





  ふたりはの部屋にいた。


  が言った台詞の意味を、しばらくは理解することが出来ないでいる。



  「今・・・なんて言ったの・・・?」

  「お前を『呪い』から救う方法がある、と言ったんだ」



  本当のエンティルの名を思い出した

  そのため主従でありながら、義兄であり親友でありパートナーとなった。
  なのでエンティルこと、は敬語ではなくなっている。



  「・・・本当に?本当に・・・この『呪い』を解く方法を?」

  「正確には『呪い』を解くのではなく、封印する」

  「封じる?それは・・・いったい・・・・・」

  「解く方法は見つからなかった。でも封印する方法はあったんだ。
   『呪い』解くことにはならないけど、効力を失くすことはできる。
   ―――これでもう、お前は苦しみや悲しみから解放される。もう、辛い想いはしなくてすむんだ」



  そう告げるの顔は嬉しそうだった。

  最初は信じられないと言った様子のだったが、次第にに吊られるように嬉しさが湧き上がっていった。



  「本当に!本当なんだね!?で、そうの方法って?」



  飛び上がりたいほどは喜んだ。


  だが、の『呪い』を解く方法を訊いたとたん、凍りつく。



  「俺の魂を同化させて『呪い』を封じる」



  嬉しそうな顔を崩すことないだが、その意味がわからないほどは馬鹿ではなかった。



  「魂を同化って、私に・・・?」

  「そう。今までは俺がお前に触れることで『呪い』を封じるためのエネルギーを送っていた。
   ならエネルギー核である、俺の魂をお前と一つにすれば、完全に封印することができる」

  「それじゃあ・・・はどうなるの?の魂は!?」

  「だから、お前と一つになるだ」

  「一つになるって、存在はっ!?と言う存在はどうなるか、わかってるの!?」

  「消えるだろうな」

  「――っ!!」



  ―――どうして、どうして・・・。



  は混乱する心の中で問いかけ続けた。



  「さあ、『呪い』を・・・」

  「できるわけ無いっ!!」



  に伸ばしかけたの手が、叫びにも似た声に停止した。



  「?」

  「できないよ、できるわけ無いよ。
   そんな、を犠牲にして『呪い』を無効化するだなんて・・・・・。
   そんなこと、できないよ!」

  「どうして?ようやくお前は苦しみから、悲しみから解放されるだぞ?お前の念願が叶うんだ。
   ―――なのに、どうして?」



  が拒絶するのが分からなく、は困惑の表情を見せた。



  「・・・」



  が近づこうとすると、否定で首を横に振りながらは後退りする。



  「!」



  強く名を呼ばれたとたん、追い詰められ部屋から逃げ出した。


  ―――は、本気だ。















  とにかく走った。から逃げるために。


  今はが怖い。


  決して彼が怖いのではなく、彼がしようとしていることが怖かった。


  ―――私は、に依存している。がいなくなったら生きていけない。


  ―――だから、捕まるわけにはいかない。絶対にっ!!


  逃げる途中、神田やラビ、リナリーに呼び止められたが、立ち止まることなく走り続けた。

  そして、行き着いた所は聖堂だった。

  広い聖堂に、荒いの息遣いが木霊する。

  床に崩れてしまいそうな体を、壁に寄りかかって支えた。



  !」



  呼ばれてはビクッと身を震わせる。

  だが反射的で、それは彼の声ではないのに安堵して振り向くと、自分を呼び止めた3人がいた。



  「ユウにラビ・・・、リナリーまで・・・、・・・どうかした?」

  「どうかした?じゃないだろ!」

  「呼び止めても止まんないで、なんか必死に走って行くしさ〜」

  「普段は白衣なのに、珍しく団服着てるし・・・。何かあったの?」



  どうやら3人は、尋常でないの様子を心配してあとを追って来たらしい。

  ふっ・・・、と気を緩めると、背後で気配を感じた。
  恐る恐るが振り返る。



  「逃げたって・・・無駄だよ、

  「――っ!!」




  の姿に身を引こうとした、が、の腕はしっかりと捕まえられてしまった。
  そのまま素早く腰に手が回される。

  を連れては跳び、神田たちから距離を取った。



  「イヤ!放して!!」



  逃れようとはもがくが、の腕はビクともしない

  いつも仲の良いふたりとは違い、本気で嫌がるに危機迫った雰囲気にと、明らかに異常だった。



  「何!?どうなってるの!?」

  「わかんねェー!でもなんかヤバそうさ!」

  「おいエンティル!を放せ!!」




  うろたえる3人に、エンティルは無の眼を向けると一言。



  「イヤだね」



  に3人は近づこうとすると―――



  「ダークネスサンダー」



  手を掲げて、間を遮るように警告の黒雷を落とした。



  「きゃあ!」

  「うわっ!」

  「ちっ!」



  当たらなかったとは言え、突然の攻撃に身構える。



  「エンティルっ!!」



  が契約の名で諌める。

  の動きが止まった。

  できれば使いたくは無かったが、こすればを使役することが出来る。

  容赦の無いの行動へのストッパーだった。



  「止めてエンティル。私を放して」



  契約の名で命じれ大人しく彼は従う・・・、ハズだが・・・―――



  「無理だよ、



  は契約の名で呼ばれても、の命には従わなかった。



  「なっ・・・、どうして!?契約で、エンティルの名で呼ばれたら逆らえないハズなのに!
   まさか、契約が・・・っ!?」



  ―――契約が切れてる!?


  混乱しながらも、は自身の感覚を探る。
  記憶が蘇った今では確かに分かる。

  は自身の中で感じた。

  との繋がり、契約と言う絆を。



  「契約は切れてない。なのにどうして!?」

  「―――今のお前じゃ、無理なんだ」



  は告げた。



  「記憶が戻っても、本来の力までは戻っていない。  
   契約は切れてなくても、今のお前には俺を使役できる力はないんだよ」

  「じゃあ今までは・・・」

  「今までは、エンティルの名で呼ばれれば主従関係が当然だと思ったから、そのとおりにしてただけ。
   逆らう理由は無かったから。けど今は、そうはいかない。
   ―――俺は、この時を待ってたんだ。お前の記憶が蘇るのを」


  
  の台詞に、話を聞いていたリナリーとラビが声を上げた。



  「記憶が戻ったの!?」

  「ああ、そうだ」

  「記憶が蘇る時を待ってたって、どういうことなんだ!?」

  「の記憶さえ戻れば、俺は思い残すことなく消えることができる・・・」



  消える・・・?と、何も知らない3人は疑問を浮かべる。
        


  はっ・・・エンティルは、私の『呪い』を解いて消滅するつもりなんだ!!」



  だからを止めてくれ、―――そうが訴えているようだった。



  「消滅って・・・!?そんなっ」

  「テメェ!馬鹿なこと言ってんじゃねェぞ!!」




  悲鳴になりそうなリナリーの声に続き、神田が怒鳴り声が響いた。



  「あんたが消滅したらはどうなるんさ!?」



  あんなにも、誰よりもを頼っていた。
  それなのにが消滅してしまえば、残されたはどうなる・・・―――。


 
  「はオマエたちの手の届かない所に送る。この世界の戦争なんかに巻き込まれないように」

  「「「!!」」」



  見れば、の足元にはのトランクがあった。



  「俺たちは、本来あるべき場所を越えてココにいる。ココに居るべき存在じゃないんだ。
   この世界では俺たちは異端。だから去ることで、すべては元に戻る」



  そう、元々この世界は自分たちの居るべき世界ではない。
    
  次元を越え、時を越えて存在してしまっている。
  この世界は自分が守る世界ではない。

  自分も元の世界に戻って、自分の世界を守らなくてはいけないのだ。

  そのために、生まれてきたのだから。


  それはも重々分かっていた。

  だからこそ、と再会し記憶が戻ったら、いつでも教団を出れるように荷物はトランクにまとめて置いたのだ。

  でも、それでも、・・・イキナリ過ぎる。
  そのうえは消滅するだなんて。黙ってはいられない。



  !お願い待って!!」



  は必死に頼むが、は聞き入れるつもりは無かった。



  「ココにいたら、は戦争に巻き込まれる!
   なんでが戦わなくちゃいけない?《終止者》だからか?エクソシストだからか?
   だが《終止者》と言っても、ココの《終止者》では無い。
   イノセンスだって、アクマから逃れる手段として俺が与えたものだ」




  の身体が青黒いオーラを発する。


  ―――実行する気だ!



  「おい止めろッ!!」




  神田が止めに近づこうとすると、見えない壁のようなものに当たった。



  「なんなんさコレ!?」



  壁を叩くラビ。

  遮る見えない壁は結界だった。

  泣きそうなに、安心させるように穏やかな表情と優しい声では言った。



  「大丈夫、俺と言う存在と自我が消えても、魂はお前と共にあるんだから」

  「イヤだよ!の存在が無くなるなんてイヤだ!!」

  「俺はもう十分なんだ。不老不死で十分に生きた」




  ―――だから消えてもいい。その代わりが『呪い』の苦しみと悲しみから救われるのなら。



  の逢えてうれしかった。側に居れて幸せだったよ」



  に向けるの顔は、なんと満面の笑みだった。



  「―――ああ、これでやっと・・・、約束が果たせる・・・・・」



  今でも鮮明に覚えている。


  あの日、あの時、交わした――――。

  の願いと、の誓いの、約束。






  こういう、意味だったの?

  ずっと一緒に居るって言ったのに、もう離れないって言ったのに。

  それは・・・こういうことだったの?

  あなたは、自分の消滅するのに笑えるなんて・・・・・・・。

  私が、そこまで追い詰めた・・・?

  こんなことをが考えてるなんてことも、気付かずに・・・っ!





  「違うんだっ!!
   私が呪いを解きたかったのは、苦しみや悲しみから救われたいよりもっ・・・」




  の言葉は最後まで告げられに途切れる。

  周りが見えないほど大きくなった眩い光に包まれ・・・。



  ―――私の呪いで、に苦労をかけたくなかったからだよ。



  それは光に呑み込まれ、伝えることが出来なかった。


  神田とラビとリナリーが目を開けれた時―――。
 
  そこにはの姿も、彼女の荷物のトランクも、当然・・・の姿も無くなっていた。

  有ったのは、が体内に取り込んでいた2つのイノセンスだけだった。










  * * * *










  買い物袋を抱えた少年が、ふと足を止める。

  彼の目に入ったのは常に公開されている教会だった。

  まるで引き寄せられるように教会の中へと入って行く。


  人の気配が無い。

  どうやら居るハズの牧師か神父は、出かけているらしかった。


  入り口から真っ直ぐ進んだ、中央の奥にある祭壇の近くまで寄ると視線を上へとずらす。

  色鮮やかなステンドグラスに日の光が射しているのが、とても美しく見えた。



  「キレイだなぁー。・・・・・にも、見せてあげたいな・・・」



  今、彼女はどうしているんだろう―――と、この場に居ない少女を思った。

  いつだって少年は、ちょっとしたことで自分の姉弟子のことを思い出していた。

  なんせそれだけが、恐ろしい師匠との生活の中での、唯一の救いにも似た癒しなのだ。

  ある意味、現実逃避である。


  彼女が元気にしてるのか、義兄には会えたのか気にならない日は無かった。

  しかし転々と旅生活で移動しているので連絡の仕様も無かった。

  深い溜息を少年が吐いた・・・その時――――。

  急に目が開けていられないほどの光が周囲に満ちた。



  「なっ・・・!?」



  反射的に抱えていた荷物を離し、強く目を瞑り身構える。
  すると、しばらくして光は消えていった。



  「なんだったん・・・だァッ!?



  両目を開こうとした直後、ガンッ――と真上から何かが少年の頭に落下した。



  「痛タタァ〜・・・。・・・ん?トランク?」



  頭を擦りながら落下物を発見。

  それは見覚えがあるような気がするトランクだった。


  そして先程まで何も無かった祭壇と自分の間の床に、黒いロングコートを着た人が倒れているのに気付いた。
 


  「え・・・・・」



  少年は自分の目を疑った。

  倒れているのは彼がよく知った人物であり、ココに居るハズのない人物。



  っ!?」



  少年アレン・ウォーカーの姉弟子、だったのだ。


  倒れているの閉じられた瞳からは、光に照らされキラキラと輝いた涙が流れていた。














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