第25夜 特別な人




  アイリーンがエンティルに告白するために、ラブレターで呼び出した。
  指定時間の4時まで、あと数分。

  教団の森の茂みに隠れる、4つの影があった。

  「私さ、応援を求めたのはリナリーだけのハズなんだけど?」

  完璧に果たし状だと思っているエンティル。

  攻撃すようとすれば自分が彼を止め、リナリーにアイリーンを担いで逃げてもらおうと、
  リナリーには事情を話して協力を求めたのだが。

  何故かココにラビと神田までいる。

  「ほら、楽しいコトは皆で分かち合わないと!」

  「修練してたら、あいつが来たから止めたんだよ」

  ラビは状況を楽しんでえるし、神田は迷惑そうだった。

  「じゃあ、ラビは命張ってエンティルを止めてね」

  「え゛ぇ!」

  「ユウはリナリーの逃げ道を確保して」

  「ちっ、仕方ねぇな」

  「リナリー。さっきから浮かない顔してるけど、どうしかした?」

  横で「ユウ代わって!」とラビが喚き、神田が「誰が代わるか!」と突き放してるのを放っておいて、
  はリナリーの顔を覗き込む。

  リナリーの浮かない顔は、事情を話してからだ。

  「なっ、なんでもないよ!」

  「・・・?」

  慌てて否定するが、不自然である。
  は不思議そうに首を傾げた。

  「ねえ、は・・・、アイリーンがエンティルのこと好きだって知って、なんとも思わないの?」

  「・・・・・別に、なんとも・・・」

  「・・・そう、やっぱりね。なんとなく、そうじゃあないかなーとは思ってた」

  「それって、どういう意味?」
 
  「秘密!」

  誤魔化し笑いをるすリナリーに、は不思議そうに首を傾げた。

  なんとも思わないのか改めて考えると、どうなのだろう。
  自分の気持ちがには、よく分からなかった。

  エンティルはあんなんだから、好いてくれる人が居てくれるのは嬉しい。
  でもその反面、なんだか胸の奥で、得体の知れないモヤモヤとしたものがあるような気がした。

  そしてリナリーはというと、の答えにホっとした様子だった。

  他から見れば、ふたりは恋人同士のようにも見える。

  だが実際、とエンティルは仲が良いが、エンティルの方は恋愛とか自体が理解できていない。

  ―――ならは?

  なんとなくリナリーは、の方はエンティルのコトを恋愛とかで<好き>とは思っていないと判断していた。

  他から見れば、ふたりは恋人同士のように見える、が―――。
  しかしリナリーには、ふたりが互いを大切にしている兄妹のようだと感じたのだ。

  「あ、来た」

  話しているうちに4時ちょうど―――。
  エンティルの元に、ガチガチに緊張したアイリーンがやって来ていた。





第25夜 特別な人





  「オマエか?俺を呼び出したのは」

  「ははははははい」

   緊張し過ぎでドモリ過ぎである。

  「俺を呼び出すだなんて、相当な(命の)覚悟は出来てるんだろうな?」

  「も、もちろんです!すごく(告白の)覚悟を決めてきました!」

  「(その身が)無事でいられると思うなよ」

  「はい!(告白を)受けてくれても断られても、私(体が弱いから)無事じゃあないと思います!」



  所々おかしな会話は茂みの中の4人にも聞こえていた。

  「・・・うまい具合に通じてない、よね」

  「なのに会話が噛み合ってる」

  「変だとは思わないのかよ・・・」

  「思わないんじゃないん?まったく気づいて無いさ、アレ」



  そして、ついに告白の時が―――。

  「私っ!エンティル様のことがっ・・・」

  ズドーン!!


  「へえ?」

  破壊音にが頭上を見上げれば、教団の塔の壁が崩れてきたのだ。

  !!」

  反射的とも言える動きで飛び出すエンティル。

  直前にアイリーンの目に飛び込んできたのは、エンティルがを庇う姿だった。



  「痛たた・・・」

  「皆、大丈夫?」

  「ああ」

  瓦礫の間から、ラビにリナリーと神田が顔を出した。

  は?はどこ!?」

  リナリーがの姿がないことに気づき、辺りをキョロキョロと見渡して探す。

  「ココ」

  上から降ってきたエンティルの声。
  見上げると、ダークブルーの翼を広げたエンティルがを抱きかかえて飛んでいた。

  「お前、だけ助けたな」

  「オレらも助けろよ!」

  神田とラビが訴える。

  「オマエらを助ける義理は無い」

  しかしだからと言ってエンティルには無駄だった。

  「ごめーん!みんな、大丈夫だったあー?実験してたら、爆発しちゃって。テヘv」

  塔の壁に空いた穴からコムイが悪びれることもなくへらへらとした顔を出す。

  リナリーはダークブーツ(黒い靴)を発動させコムイの前まで移動した。

  「兄さん、覚悟して」

  穴の向こう、塔の中でリナリーがコムイを蹴り飛ばしたのであろう、鈍い音が聞こえた。

  「あ!あの娘、倒れてるさ!」

  「落下物にでも当たったか?」

  ラビが少し離れている所で倒れているアイリーンに気が付いた。

  「外部負傷なら無いぞ」

  を降ろし、エンティルも大地に足を付ける。

  「ただショックで心停止してるがな」

  「「ワアーーーーっ!!」」


  とラビは慌ててアイリーンに駆け寄った。

  「心臓マッサージ!心臓マッサージ!!」

  「死ぬなーーー!戻って来ーい!!」

  懸命な応急処置が施された。





  * * * *





  ラブレター騒動から数日後。

  アイリーンは応急処置を受け、急いで医療班に運ばれた為、一命(?)を取り留めた。
 

  リナリーは科学班に向かい途中でエンティルの姿を見つけた。
  トレイにティーセットとクッキーが乗っている。
 
  「あら、エンティル。ひとり?」

  「ああ。にお茶を」

  軽くトレイを上げて見せる。

  それにリナリーはくすっと笑った。

  必ず彼は、が疲れてるんじゃないかと思うと、こうやって彼女にお茶を入れる。

  彼のお茶は魔法のお茶だ。
  <魔法のお茶>と言うのは、記憶が無くなる前のが命名したらしい。
  精神安定効果と疲労回復効果があり、味も絶品なのだ。

  お茶を淹れてと頼んでも、エンティルはの為にしかお茶を淹れない。
  気が向いた時など、時々機嫌が良い日はリナリーにもお茶を淹れてくれたが―――。

  ふと、アイリーンのことを思い出すリナリー。

  「あのアイリーンって娘、医療班を辞めたのよ。
   このままじゃあ仕事に差し支えがあるから、もっと体を丈夫にしてから、また入団するみたい」

  「ふーん」

  「興味なさそうね」

  「だって興味無い」

  (エンティルらしい。でも、もし話題がについてだったら・・・?)

  教団を去る前のアイリーンへお見舞いに行き、彼女とした会話がリナリーの脳裏に蘇った。
  
 

  『エンティル様って、さんのことが好きなんですね・・・』

  『ええ。でもそれは、恋愛とかで好きとかじゃないと思う』

  『けれど、悔しいけど、
   どんな好きな形であっても・・・エンティル様が一番好きなのはさんなんですよね・・・。
   ―――さんを庇う時の彼の姿。エンティル様は彼女しか見えていなかった。
   せめてさんに並ぶ一番にならなきゃ、彼には好きになってもらえない気がします』

  『そうね・・・』

  『私、イロイロ考えて決めました。―――教団を辞めます!』

  『ええ!?』

  『そして、もっと体を丈夫にしてからまた入団します!
   今のままじゃあ仕事もちゃんと出来ないし・・・、さんに並ぶ一番になる自信も無いですから』



  例え、そこに恋愛感情は無くても、強い愛情がある。
  親や兄妹、家族に向けられる分類の愛情―――。

  それでもそこには、入り込む隙さえ無い気がした。

  「・・・・・・」

  「あ・・・、ちょっとボーとしちゃった」

  エンティルの不審げな視線に、リナリーは我に返った。

  ―――それでも。私はエンティルがに向ける顔や想いが、たまらなく好き。
  
  ―――そんな彼が、私は好きだから。


  を超えたいとは思わないけど、並びたい。
  そう思うリナリーだった。



  一方は、資料や資材を運ぶのをエンティルに頼もうと、彼を探していた。
  悩みながら。

  「う〜ん、わからない。なんでエンティルがモテるんだろう?
   見た目がカッコイイのは認めるけど、中身がアレだし・・・・・」

  腕を組み、歩きながら考える。

  ―――そういえば、クロスがモテるのも謎だった。

  「容姿が良ければ、中身はいいのか?」

  コムイやラビの話だと、他にも彼に好意を抱いている女性が結構いるとか。
  女性だけではなく、同性にもモテるらしい。
  もちろん尊敬や憧れや崇拝、恐れと言う意味でだ。

  無表情で何を考えてるか分からない。
  ズレた思考から破天荒で支離滅裂。

  他の者たちから言わせると、そんな彼が持つ独特の神々しさに似たカリスマ性が人を引き寄せるらしい。

  その為、エンティルは変に人気があり、彼の被害になっても心の底から悪く思う者はいない。

  「わからない。謎だ」

  タダひとりだけは、<独特の神々しさに似たカリスマ性>を、そこまでオーバーには感じられないのだった。

  考え込んでいると、何か話しているエンティルとリナリーの姿を発見する。

  「・・・・・・・・」

  黙ってふたりを見詰めるだけで、何故か話しかけることが出来なかった。

  (なんだろう?この感じ・・・・・。
   アイリーンの時みたいに、なんだかモヤモヤする・・・)

  スッキリしない不快感。

  しばしエンティルとリナリーを見詰めて、訳が分からない感覚に戸惑う

  行き場の無い気持ちに、ふたりに声をかけず逃げるようにその場を立ち去った。


  急にエンティルが振り返る。

  そこは先ほどまでがいた場所。

  「どうしたの?あっ、エンティル・・・・・」

  疑問に思ったリナリーがエンティルに尋ねるが、彼は何も言わず黙って歩いて行ってしまった。

  残されたリナリーは、急なエンティルの行動に首を傾げた。





  は自室へと駆け込んだ。

  分からない感情。
  表には出してはイケナイ想い。

  素直になれたら、どんなに楽だろう。
  ガマンする必要など無く。

  弱音を吐いて、甘えて、ぶつかって―――。
  そんな風にいられたら、どんなに楽か・・・。

  でも、それは自分には許されない。

  偽り続けなくてはイケナイのだ。
  本当の自分など、見せてはイケナイ。

  暗示のように頭の中を言葉が巡っていると、ドアが控えめにノックされた。
  居留守でも使おうと思ったが―――。

  「、入りますよ」

  そう言って勝手に、許可を出す前にエンティルが部屋に入って来てしまった。

  「・・・・・・・・・」

  「座ってください。今、お茶淹れますから」

  何も言わないが不思議とは思わないのか、エンティルは持ってきたお茶を淹れだす。

  なんて言えばいいのか分からず、しょうがなくはベットに座った。

  「どうぞ」

  紅茶がエンティルの手によって前に差し出される。
  は黙って受け取ると、紅茶を口にした。

  「おいしい・・・」

  自然との顔が緩み、言葉が出た。
  それにエンティルも穏やかに微笑む。

  「少しは、気が楽に?」

  「え?うん・・・・・」

  やはりエンティルはの様子に気づいていたのだろう。
  何も言わず訊かず、今の彼女の最善として、まずお茶を飲ませて落ち着かせたのだ。

  エンティルはいつもそうだ。
  自分から進んでの世話を焼き気遣う。
  しかし決して彼女が気詰まりすることが無い程度に。

  何も言われずとも、その辺のところを彼は心得ている。
  のことは理解しきっていた。

  空になってカップをから受け取ると、トレイの上に置き、
  エンティルは彼女に歩み寄り目の前で立ち止まった。

  はそんな彼を見上げる。

  「不安?」

  「え・・・?」

  包み込むように優しく、エンティルはを抱きしめた。

  が一番だから」

  彼女を胸に抱き囁く。

  「俺はが一番だよ」

  胸の置くからじわぁっと込み上げてくるモノがあった。

  それは・・・今一番、が訊きたい言葉だった。

  彼はこうして、今が一番聞きたい言葉を言ってくれる。

  は今やっと、自分の分からない感情、表には出してはイケナイ想いが分かった。

  ―――私、エンティルを取られたくなかったんだ。


  あの時感じたのは孤立感。
  なんだか、私だけ取り残されていきそうな気がして・・・取り残されたようで。

  孤独の恐怖。

  義兄以外から与えられるのは偽りの愛情だ。
  でもエンティルが与えてくれる愛情は、どうしても偽りとは思えなかった。

  義兄の居ない今、彼だけが私に本当の愛情を与えてくれる。

  彼だけ。私にとって彼だけが――――。


  そしてエンティルは、何も言うでもなく聞くでもなく、のことを理解してくれている。

  「うん・・・・・・」

  ようやく小さく返事をするの瞳はからは、今にも涙が零れそうだった。

  が自分の気持ちを分かったのと同時に、エンティルには偽るのは無意味だと理解した。

  彼はなんでものことを知っている。
  彼はなんでものことが分かる。

  彼の前では偽る必要など無いのだ。

  そう彼女が自覚した時、他の者の前では決して出すことの無い封じていた想いが、自然に溢れ出した。

  「私・・・、私・・・エンティルを・・・取られたくなかった。
   エンティルが、みんなと仲良くなってくれるのは、うれしいハズなのに・・・。
   ・・・なのにアイリーンとのこと深く考えたり、リナリーと話してるところ見たりしたら・・・、
   急に不安になって・・・・・」

  「うん」

  「不安で、怖かった・・・。
   独りになってしまうような気がして・・・・・」

  エンティルの背に手を回し、しがみつくように抱き付く。

  「でも、もう平気。
   エンティルが、一番だよって言ってくれたから・・・。
   ・・・うれしかった。もう平気だよ」

  顔を上げはエンティルに微笑む。
  目尻からは瞳に溜まっていた涙が零れ落ちた。

  そんなに、エンティルは安心させるように優しく微笑み返した。

  「苦しかっただろう?」

  エンティルは優しく語りかけ―――。

  「辛かっただろう?」

  の頬に手を添える。

  「怖かっただろう?ずーっと独りきりで・・・孤独で・・・・・」

  ―――そう、私はいつだって独りで孤独。

  「甘えたいのに甘えられる人が居なくて、寂しいのに近くに人が居なくて・・・」

  ―――甘えられる人なんて居なかった。周りに人がいても、みんな遠かった。

  「俺にはわかりますよ、の気持ち。
   運命で生まれ、宿命の中で生きる、定めの重さ」

  自分を見上げているの瞳を、真っ直ぐに優しい眼で捕らえる。

  「でも、もう独りじゃない。俺がいる。
   俺がの重荷を一緒に担ぐ。それが俺には出来る。俺だけが出来る。
   ―――俺はのために存在するんですから」

  誰よりも、それは今まで一番、優しい眼だった。

  「俺を求めて、

  涙が、止まらなかった。

  大声で叫んで、訴えたかった。

  苦しいのだと、辛いのだと、怖いのだと、甘えたいのだと、寂しいのだと―――。

  でも、声に出すことなんて、出来なかった。
  そんな姿を、見せることなんて、出来なかった。

  だから、ずっと気丈に振る舞い、偽り続けた。

  だから、だから―――。

  そんなことを、分かってくれる人がいるだなんて―――、
  そんなことを、言ってくれる人がいるなんて、思わなかった。

  涙が止まらなかった。
  エンティルの胸に顔を埋めて、は泣いた。

  泣き続ける間、エンティルはを抱きしめ頭を撫で続けた。





  * * * *





  「なんだか機嫌いいな。何かいいコトでもあったのか?」

  「ふふふっ♪」

  いつもよりも機嫌のいいに神田が尋ねた。
  それには笑って返す。

  「うん、いいコトだったらあったよ」

  「なんだよ?」

  「それは・・・。
   ―――あ、エンティル・・・・・」

  廊下を歩きながら話していたら、エンティルとリナリーのふたりがいた。

  「・・・・・・・」

  「?」

  じーっとふたりを見る

  神田が急に黙ったの顔を覗き込もうとした、が。

  「エンティル!」

  エンティルの名を呼び、ふたりの元には駆け寄った。
  にこにこと機嫌のいい笑顔で。

  「?」

  「どうしかしましたか?

  無表情だったエンティルだが、の方を振り向くと穏やかな表情になる。

  「ううん、特に何も。姿が見えたから」

  笑顔で答る
  無邪気な笑顔が眩しかった。
 
  「、今日は一段とかわいいーv」

  そんなにリナリーが抱きつく。

  これが男だったら、容赦無くエンティルの拳か蹴りでぶっ飛ばされるところだ。

  だからリナリーがに抱きつくのを見て、密かに神田が舌打ちしたのは秘密である。
 
  「ねえ、エンティルのお茶飲みたいな」

  「の望みのままに」
 
  が注文すると、エンティルが当たり前に受ける。
  ふたりは並んで食堂へと歩き出した。

  ―――エンティルは、いつだって私のことを理解してくれてる。

  心は自分の元にある。
  絆を確信したから、取られることが無いという優越感に、は自信を持ち満足だった。

  「なんだよ、あれ・・・・・」

  「ふふ、いつもより仲良しね」

  面白くなさげに顔を顰める神田と、微笑ましく思うリナリーが、ふたりの後姿を見送っていた。


  私には、あなただけで―――。
  あなたにとって、私が一番。

  確かに繋がっているから、恐れることなんて無い。

  ハッキリとした記憶が思い出せなくても、ハッキリとした想いがある。

  私たちは、互いが互いの『特別』。



  が手を繋ぎたいな・・・、などと思っていると、自然にさりげなく彼女の手をエンティルが取った。
  想いの繋がりを証明するかのように。

  繋いだ手は、心地よかった。









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