第23夜 彼の義務




  時刻は、まだ夜中だろう。

  ふと、寝ていたは目を薄く開いた。

  「ん・・・・・」

  寝惚けているため、ぼんやりとした視界。

  次第にはっきりしてくると、目の前に見えたのは青年の胸。

  (ああ・・・そうか・・・。私、エンティルと一緒に寝てたんだ・・・)

  少し視線を上にずらすと、整った端麗な顔が目に入った。
  自分に向けられる優しげな金の眼は閉じられている。

  エンティルが守護者として教団へきて以来、彼は夜、の部屋で彼女を見守っていた。



  守護者として、の眠りを守る為に、エンティルは夜はの部屋にいる。
  彼は寝ずの番をすると言うのだ。

  が、眠くないの?と訊くと―――。
  エンティルは、眠くないし寝なくても平気にできている、と答えた。

  『視線が気になるんだったら、眼を瞑っていますよ』

  壁に寄り掛かりとエンティルは眼を閉じる。

  『あの・・・だったら、・・・一緒に・・・寝よう?』


  言ってからは後悔した。

  ((うわっ、私、何言ってるんだろう!?一緒に寝ようだなんて・・・っ!))

  ―――恥ずかしい。

  顔を赤くさせ、あたふたとしているのことを知ってか知らずか、
  エンティルが上着を脱ぐと、の方へ近づく。

  『ひとりの夜は不安で、眠れないでしょう?』

  『え?どうして知って・・・――』

  『昔からそうでしたから』

  の頬に、そっと優しくエンティルは触れる。
  優しい微笑で彼は言った。

  『添い寝しますよ』

  昔からそうしていたのだと―――――。



  寄り添っていれば、呪いで消費されるエネルギー補給にもなり一石二鳥。

  最初は恥ずかしさから抵抗があったが、いざ彼が隣に横になれば、そんなものはどこかに吹っ飛んでしまった。
  あるのは暖かさと、言いようのない懐かしさ。
  心地よさに、心の底からの安らぎ、安心感。

  (――――守護者・エンティル。
   私は覚えてはいないけど、このとても暖かくて、とても懐かしい感じは・・・。
   どこまでも私を包む安心感は・・・。まさかこの人は、私の・・・・・)

  ついはエンティルの顔を見詰めていた。

  エンティルはそれに気づいていたのだが、しばらくは放っておいた。
  しかしさすがに長く向けられる視線を疑問に思い、彼は眼を開けてを見た。

  「あ、ごめん・・・。起こしちゃった?」

  「いや、寝てませんから。眼を閉じてただけ」

  そう穏やかに告げるエンティルに、は戸惑いながらも、彼に思ったことを訊くか訊かざるべきか迷っていた。

  顔には出さないようにしてもエンティルにはお見通しのようで、どうしました?と尋ねてくる。

  「・・・ねぇ、あなたは・・・私の・・・・・」

  言いかけ、は続きの言葉を飲み込んだ。

  「なんでもないっ・・・」

  ベットに顔を見られないように伏せて隠す。

  「・・・・・・・・・・」

  そんなの様子に思うことがあっても、エンティルは何も言わない。
  彼女の背に手を回すと自分の方へと引き寄せた。

  はエンティルの服をぎゅっと握り、彼の胸に擦り寄る。

  優しい腕。暖かい胸。

  再びは心地よい眠りついた。





第23夜 彼の義務





  黒の教団料理長ジェリーにとって、食堂は仕事場であり戦場であり、何より神聖な場所だった。

  だが今、その神聖な場所にどよ〜んとした暗い雲が立ち込めていた。
  そう雲であって決して煙ではない。

  「も〜!いい加減にしなさいよね、アンタたち。
   このままじゃ食堂にカビが発生しちゃうじゃない!」

  この陰湿な空気に耐えられなくなり、ジェリーが声を上げた。
  目の前のテーブルを囲っている3人に向けられてだ。

  「いったい、どうしたって言うのよ?」

  さあ、訊いてあげるから話してみなさい!と仁王立ちしながら3人・・・コムイと神田とラビを見下ろす。

  「ちゃんに・・・」

  「に・・・」

  「にさ・・・」

  それぞれが口を開き始める。

  「「「近寄れない・・・!」」」

  「あらまあ・・・、またどうして?」

  神田はまだしも、コムイとラビは涙ながらに語った。

  「エンティルだよ〜〜」

  「アイツ、いっつもの側にいやがる。ちっ」

  「そのせいでオレらに近寄れないんさーーー!!」

  不満が止まらずに出てくる。
  そんな彼らにジェリーは納得しながらも苦笑した。

  ちゃんの守護者だから、常に側にいるのはわからなくもないけど・・・。
   エンティルってばさ、ボクがちゃんを妹だって言うと、ものすっごい眼で睨んでくるんだよ!
   睨まれる度に身が引き裂かれる錯覚に陥るよ。
   そんで『誰がお前の妹だ』とか『に失礼だ』とか、
   『二度とを妹だと発言するな』だとか言うんだよ!!ひどいよね!?」


  「当然だろ」

  「そりゃーもっともさ」

  「ズバリと言われたわねー」

  残念ながら元々、皆もそう思っていたところがある。
  断定されコムイは泣き出した。

  「俺なんて、を鍛練に付き合わせようとすると、
   エンティルのヤロー・・・、『の代わりに俺が相手になってやる』って攻撃してきやがる。
   アイツに黙ってふたりで鍛練すれば、『危ない!』って、
   どこからか跳んできた勢いのまま跳び蹴りくらわせてくる!
   『何すんだ!』って言えば、『俺は鍛練してるなんて知らない』とかってしらばっくれんだよ!」


  「病み上がりのちゃんを鍛錬に付き合わせようとする方が間違ってる」

  「しょうがないさ」

  「女の子なんだし、無理はいけないわ」

  逆に鍛練に誘ったことを非難され、何も言えなくなる神田。
  黙るしかなかった。

  「オレが一番酷い目に遭わされてるって!
   に抱きつくと容赦なくオレを殴ってくるんだぜ。
   この前、に抱きついたら、エンティルに連続24コンボくらわせられて、
   おまけに塔の最上階に逆さ釣りにされたんさ!」

  「自業自得です!」

  「そのまま殺られろ!」

  「嫁入り前の娘に何してんのよ!」


  飛ばされてくるブーイングにラビは笑って誤魔化す。
  ヘタをしたら彼ら(約一名は彼女?)にまで報復されそうだ。

  「守護者とは言え、エンティルってば意外と過保護ね〜〜」

  ジェリーが軽く笑うと3人は、守護者がなんだ!と不快そうに訴えた。

  「そりゃあさ、ちゃんが止めればエンティルは言うこと聞くし、
   余計な虫が付く危険が無いのはうれしいけど・・・」
 
  「それでも、あいつはいっつもの側に居過ぎだ。今じゃ一緒にいない方が珍しい」

  「でもなんで部屋まで一緒なんだよぉーー!」

  最後のラビの台詞にジェリーは驚いた。

  部屋が一緒だと・・・、とエンティルの部屋が一緒だと言ったのだ。

  「それほんとなの!?」

  「本当だよ」

  室長であるコムイが認める。

  しかしそれも変な話だ。

  コムイはを妹のように可愛がっている。
  可愛い妹を、その守護者とは言え男と同室を許可するだろうか?
  本来なら、彼は絶対に許可しない。

  「よく認めたわね」

  「認めたくて認めたワケじゃないやい!
   エンティルが、『寝ているときほど無防備な時は無い。眠っている間こそ守るのは当たり前だろう』
   って言うんだ。しかも手にはナイフがっ!
   あれ絶対に、ダメって言ったらボクのこと刺す気だったんだよ!!(泣)」


  もっともなことを言われながらも、しっかり脅されたのだ。
  反対していたら、エンティルはコムイを躊躇すること無く刺していただろう。

  「ほんと、あのふたりったら、仲がいいわよね〜。妬けちゃうわv」

  どっちに?とは、あえて訊かなかった。

  「ああ、ちゃんは良くエンティルに懐いてるよ」

  「やっぱさ、記憶で覚えて無くても、感覚が覚えてんだろうな」

  「・・・俺から見ても、アイツはのために尽くしてるのがわかるしな」

  必ずの後ろを付いて歩いている。
  守護者としてエンティルは、いつもの側に控えていた。

  忠実にに従い、彼女が頼んだことは断らない。
  彼女の仕事も秘書のように手伝い、進んで身の回りの世話を焼いていた。

  「んでも、オレが24コンボくらわせられてる時、は止めてくんなかった」

  「止める隙が無かったんだよ。あまりに早すぎて」


  現場を見ていた神田には今でも、あの時の光景が走馬灯のように蘇る。
  見事に華麗な連続24コンボ。
  止めに入る隙なんて無かった。・・・止める勇気も無かったが。

  いつだっての身が一番に優先され、どんなに彼女自身が頼んでも無理は決してさせないのだ。
  ヘタに説得しようとすると、エンティルはコムイや周りの者が悪いと騒ぎを起こす。

  よって呪いのことを含めても、の体調は良くなっていた。

  「それにエンティルは、眠らないからね。一緒の部屋でも大丈夫だと思うよ」

  エンティルは眠らない。

  これはエンティルがと同室にすると言ってきた時に訊いたのだ。

  「彼の魂は無限のエネルギー核。身体は具体化する器でしかない。
   だから肉体疲労も無く、急激にエネルギーが失われたとき以外は、
   眠る必要が無いし、食事をする必要がないなんてね。
   ―――イノセンスといい、エンティルといい、古代の人々はスゴイ。
   我々の科学じゃ理解できない。彼は古代の遺産だ」

  そう語るコムイの表情には、古代人への感心さとエンティルへの哀れさがあった。

  ―――彼は生体兵器。そして創ったのは古代人。
 
  「悔しいが、エンティルが常識外れに強いのは認める」

  肉体疲労が無く、傷もすぐに治り、無限のエネルギーを持つ、神に近い力を持った存在だけに、神田もその力を認めた。

  「頭もイイよ。複雑な数式を一瞬で解いてた」

  を楽させようと手伝うエンティル。連続徹夜一週間分の仕事を一時間でこなす。
  おかげで科学班の仕事はずいぶん楽になった。

  「動体視力と記憶力もスゲーさ。パラパラとページ捲っただけで本の中身、全部暗記してた」

  ラビがエンティルの読書を目撃したのだが、それは読書と言うより情報吸収。
  目にも止まらぬ速さで捲られるページを機械がスキャンしたかのように頭に入れていったのだ。

  「そんな彼が、どういう経緯でちゃんの守護者になったのかしら?」

  「ちゃんが思い出さないから、謎だね」

  腕を組み考える仕草をするコムイ。
  その背後から素早く何かが伸びてきたことに気づかなかった。

  シュルルル バシっ

  長々と話し込んでいると背後から投げられたロープに、コムイはあっという間にグルグル巻きされ捕らえられた。

  「えっ!?何!?」

  突然のことで訳がわからないコムイ。
  いきなり後ろに引っ張られてイスから転倒する。

  「捕獲」

  ロープの先、声がする方を見ればエンティルがいた。

  片方の手にはロープ。空いている方の肩には、積み重なった本を蕎麦の出前のように乗せている。
  見る限り片手だけでロープを投げてコムイを捕らえたらしい。
  とてつもなく器用だ。

  「あの・・・エンティル様・・・。これはいったい・・・?」

  「に参考になりそうな本、及びメガネの捕獲を頼まれた。
   つーことでさっさと来い

  ぐいっと食堂から廊下までコムイを引っ張り出すと、そのままエンティルは歩き出す。

  「痛っ!イタタタタ!引きずってるっ!まっ、待ってエンティル!引きずってるよ!!」

  必死の抗議の声にエンティルは振り返ることすら無く完全無視。
  コムイはずるずると引きずられて強制連行されて行った。

  「スゲーのはわかるんけど、恐れ敬いたくなる気持ちが沸くのはなんでかなぁ〜〜?(汗)」

  「あんなんだからだろ(汗)」

  無表情で何も感じさせないが、その独特のカリスマ性を滲み出していた。
  なんと言うか、こう・・・逆らえない雰囲気になる。

  問答無用なエンティルに、明日は我が身かもしれないと、ラビと神田は内心冷や汗をかいて見送った。









  NEXT