第22夜 戒めの名




  ようやく、この時が来た―――。

  どれだけ待ち望んだことか・・・・・。

  俺がの元に帰る日が来た。
  が俺の元に変える日が来た。

  俺の戻りべき場所がであるように、の戻るべき場所は俺なんだ。

  俺の記憶が無いのは残念だが、予想はしていたことだ。

  これから取り戻せばいい。

  だってもう、俺たちは二度と離れることは無いんだ。
  決して離れたりなんかしない。


  ―――さあ、

  一緒に居よう。記憶を取り戻そう。

  お前と交わした『約束』を叶える日がようやく来る。

  もう二度と離れることは無い。


  愛しい愛しい我が主よ。

  契約と言う絆の証は俺の誇り。

  忠誠を誓おう。愛情を注ごう。この魂を捧げよう。

  主の望みのままに。





第22夜 戒めの名





  「俺とは契約を結んでいる」

  「契約?」

  エンティルの言葉に、は首を傾げた。

  「そう、魂の契約だ。
   肉体が滅びてもその魂が存在する限り、転生しても絆で結ばれてる契約」

  決して途切れない魂の契約。

  「だからは俺の主。俺はに従者。俺達は主従関係です」

  「どうして私はあなたと契約を?・・・どうして、あなたは私と契約を結んだの?」

  「互いに互いが必要だったから」

  強くエンティルが言い放った。

  「呪い」

  呪い。
  その一言を、一同は息を呑んだ。

  通常、呪いとは―――の姉弟弟子であるアレンのように、
  大切な人をアクマとして蘇らせた時に生き残った者が受けるもの。

  だが彼女の呪いは違うようだ。

  傷から出来たペンタクルでは無く、胸に黒い十字架の刺青が浮き上がってきている。  

  「の胸に浮かんできた黒い十字架の刺青は呪いの証」

  無意識にが胸元の黒十字に手を当てた。

  「呪いはの体力を精神力を、生命力を奪っていく。
   抵抗するエネルギーが無くなった時、じゃなくなる。
   冷酷で残虐な、人格が凶暴に変貌するだろう」

  冷酷で残虐。
  人格が凶暴に変貌。

  「呪いが完結した時、は真の悪魔になる」

  真の悪魔になる―――。
  
  ドクン

  胸の黒十字架の刺青が、疼いた気がした。

  当てていた胸元の手に力が入る。

  「呪いを押さえるために必要なのはエネルギー。
   でもの中にあるエネルギーだけではすぐに底がつく。
   だから・・・・・」

  「―――!?」

  エンティルはを、そっと抱きしめた。

  「こうやって接触することで、俺はにエネルギーを分け与れる。
   呪いに対抗するにはこうするしかない」

  (それじゃあ・・・・・)

  は思い出す。

  ―――あのキスも、呪いを抑えるものだったんだ。人命救助、人工呼吸と一緒か・・・。

  そういう意味だったのかと、は少しホっとした。

  「他に方法は?」

  大人しく話を聞いていたコムイが尋ねた。

  「無い」

  エンティルは断言する。

  「ただ単に、エネルギーを与えるだけじゃダメだ。同じ魂の波長が適合した者のエネルギーじゃないと」

  が適合者なら、エンティルはイノセンスと言ったところだ。

  「何も無かった俺は、と出逢って自我が生まれた」

  ―――俺はを失うわけにはいかなかった。
  出逢ったことで生まれた自我が、を失うことで、また無くなってしまうような気がした。
  結局、俺が契約を結んだのは自分のためでもある。

  「は俺がいなければ呪いに対抗できない。
   俺はがいなくては存在できない」

  互いに互いがいなくては存在できない、共有していく存在。
  
  ―――それが俺たちだった。

  「契約は絆。ふたりを繋ぐ証として結んだんだ」

  守護者。契約。主従関係。呪い。

  これがエンティルが語った、が知らない記憶だった。
  
  は戸惑っていた。

  「他に聞きたいことは?」

  「えっと・・・・・」

  「―――オイ」

   戸惑いながらもが考えてると、神田が不機嫌な声を出した。

  「いつまで抱きしめてんだよ」

  「お前は人の話を聞いてなかったのか?
   呪いを抑えるため、エネルギーを与えるには接触しないとダメなんだよ」

  エンティルは呆れと言うか、馬鹿にしたように神田を言い返した。

  「それって今も?」

  「ああ。に負担をかけないようにするには、1日に1回はこうする必要があるな」

  「そう・・・」

  正直、リナリーは複雑な気がした。

  (まさかが、エンティルの主だったなんて・・・)

  ことは好きだ。エンティルも違う意味で好きだ。
  彼が一途に想い続けていた大切な人、それが

  今、目の前でははエンティルに抱きしめられている。

  不思議と嫉妬心などは起きなかった。
  を抱きしめられているのは呪いを抑えるためだ。
  それでも・・・、やはり羨ましいとは思った。

  「ねえ、私はどうして呪われたの?」

  抱きしめられた状態で、がエンティルを見上げて質問する。

  「・・・・・それは言えない。が思い出すことです」

  自分で思い出さなくてはいけないこと。
  それは何を意味するのか、きっと聞いてもエンティルは答えないと思った。

  「あ!そう言えば、あなたの名前まだ訊いてない」

  エンティルはから腕を解き、彼女から離れて跪く。
  どうやらもうエネルギー補給はいいのだろう。

  「好きなように及びください」

  「好きなように・・・?」

  ―――好きなようにって・・・・・。

  少し黙った後。

  「じゃあ・・・ポチ・・・・・」

  冗談のつもりだった。
  
  しかし―――。

  「・・・ならポチで」

  「えぇええぇ!?否定しなよ!ポチだなんて呼ぶ方も恥ずかしいからっ!!
   冗談です!否定すると思ったんです!」


  あっさりとエンティルが決定しそうになって、は慌てて止めた。

  「オマエの名前、エンティルじゃないのか?」

  不思議そうに神田が言う。
   
  神田は直接彼から聞いた訳ではないが、名前は<エンティル>だとコムイとリナリーに聞いていた。

  「それは俺の戒めの名。本当の名ではない」

  「戒めの名・・・」

  「でもエンティルと呼んでもらってもかまいません」

  が呟くのを聞いて、エンティルは付け足した。

  だがは―――。

  「・・・イヤだ」

  「?」

  リナリーが首を傾げる。

  「イヤだ。呼びたくない。なんでかわかんないけど、私はあなたを・・・その名前では呼びたくない」

  クスっと、エンティルの口元が笑った。

  「え?なんでそこで笑うの?」

  「いや・・・、昔と変わらないな、と思って・・・」

  「昔?」

  「はい。昔も、今と同じことをは俺に言いました」

  それが嬉しかった。

  「どうして私はあなたを、その名前では呼びたくないのかは・・・訊いてもいい?」

  エンティルは頷いて、悲しい名の由来を教えてくれた。

  「お前の存在は有ってはならないのだと、お前は生まれてきたことが罪なのだと・・・。
   <エンティル>と言う名は、そう言う意味を込めてつけられた」
  
  「「「!?」」」
   
  「ひどいっ」

  驚く中で、声を上げたのはリナリー。

  それに比べたら神田が自分の下の名前など可愛いものだし、本人が嫌がるのは馬鹿げているようだ。
  
  「―――よかったの?あなたは、そんな名前を使っていて」

  「他に相応しい呼び名が無かったから。俺は別にどうとも思っていません」

  「本当の名前は?」

  「・・・言えない。が思い出すことです。それまでは、エンティルと及びください」

  「私が・・・早く思い出せばいいんだよね・・・・・。
   ―――わかったよ、それまではエンティルって呼びことにする。いい?」

  「どうぞ。俺は名前を気にしちゃいませんから」

  「なんで俺のこと見てんだよ(怒)」
  
  エンティルの声はに向けられて、視線はあからさまに神田の方を向いていた。

  「あのさ、私とあなたが主従関係なのはわかったけど、敬語やめない?」

  「それはできません。エンティルと言う名は戒めの名であり、契約した名でもある」

  「契約した名?どういった意味があるんだい?」

  さすがコムイ。
  こういったことには興味があるのだろう。

  「契約した名で呼ばれた時、契約した者は使役され主には逆らえない。
   エンティルと言う名の方を契約の名にして、普段は平等でいたいからと、俺にが名付けてくれた名で呼んでいた」

  「私がエンティルと呼ぶから、主従関係が絶対になって敬語はやめられないってこと?」

  「そういう契約です」

  かと言って、は彼に名付けた本当の名を思い出すことができない。
  別な名前で呼ぶのにも、どこか抵抗がある。

  やっぱり皆が呼んでいるように、彼をエンティルと呼ぶのがいいだろう。

  「―――わかった。しばらくの間はガマンするよ」

  は深い溜息を吐いた。

  「エンティル。あなたも、これから教団にいてくれるのよね?」

  「を守るのが守護者たる俺の役目。もちろんそのつもりだ」

  「ほんとに!?よかったわね!」

  「う、うん」

  リナリーはに会話を振るが、彼女自身の方がとても嬉しそうだった。

  「・・・・・ねぇ」

  には一番気になることが、エンティルに訊いてみたいことがあった。
  だが何故だか訊くのに抵抗があり、迷った末に訊くことにした。

  「私にはお兄ちゃんが・・・義兄がいるんだ。
   とっても優しくて頼りになる人でね、教団に来るっていたんだけど・・・・・。
   ・・・あなたは、私の義兄を知ってる?」

  「・・・よく知っています」

  少し顔を伏せるエンティル。

  (あれ?なんだか・・・・・)

  ―――哀しそう。

  どうしてだろう。
  エンティルの気づかなそうな微かな様子の変化に、罪悪感がの胸を締めつける。

  「あの・・・ごめん・・・・・」

  「なぜ謝るんですか?」

  「だって、なんだか・・・・」

  は続きを心の中に留めた。   

  (お兄ちゃんのこと訊いたら、なんだか淋しそうな眼をした)

  心の中で呟いたを、エンティルが見詰めすぐに安心させるような顔をした。

  「平気ですよ。に比べれば」

  「え?」

  ―――私、今、声に出してた?

  「残念ですが、言えない。それこそが最もが思い出さなくてはいけないことです」

  「そう・・・」
  
  義兄の情報が得られず残念そうなに、コムイやリナリーと神田は彼女を哀れんだ。
  しかしエンティルだけが辛そうにから顔を逸らした。

  「エンティル」
  
  気を取り直すように真っ直ぐとエンティルを見て、昔と変わらぬ微笑みをが見せる。

  「これからよろしくね」

  エンティルも彼女につられるように淡い微笑を返した。

  「の望みのままに」

  
  のベットの枕元には、彼女が好きな白い花が置かれていた。









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