第21夜 戻ってきた守護者




  廊下を歩いていた神田。
  行く先から聞こえてきた、騒ぎにも似たざわつきに眉間に皺を寄せた。

  (うるせェな・・・)

  舌打ちして何事かと目の前を良く見る。


  信じられない光景に、神田の思考は完全に停止した。

  団員たちの間を通って、とある人物が廊下をこちらに歩いて来る。

  忘れられないほどの深い印象と、見間違うはずの無い端麗な姿――――。

  「エッ、エンティルッ!?」

  そう、エンティルその人だった。





第21夜 戻ってきた守護者





  ―――何故、奴が教団に?―――

  一時期教団にいたエンティルは、「自分の世界を守る」とか言って姿を消した。
  もう一度、教団に戻ってくるとも言っていた。(詳しくは番外編参照)

  戻って来たのか・・・。
  などとア然としながらも思ったが、エンティルが抱きかかえている人物が目に入ってくるなり、
  さっと血の気が引くのと同時に怒りが込み上げた。

  「――――エンティルッ!!」

  エンティルの行く手を遮るように神田が前に立ちはだかった。
   
  「お前は・・・」

  神田を見て、相変わらず無表情で何も宿っていない眼をしたエンティルが口を開く。

  「ああ、単純バカ」

  「神田だ!」


  これまた相変わらずな態度に神田が怒鳴った。

  「そんなことどうでもいい。邪魔だから退け

  「よかねェよ!・・・ってかオマエッ!に何しやがった!!」

  背中と膝裏に手を回されエンティルに抱きかかえられている

  はっきりとは状態がわからないが、美しい瞳は閉じられ意識が無いようだ。

  ズレた思考で周りにはお構い無し。破天荒に支離滅裂。
  本人に悪気が無いのは分っているが、その被害者は多い。ってか関わった者のほとんどが被害者だ。
  過去のエンティルが起こしたことから、がエンティルにより何か被害にあったのではと神田は心配した。
  
  に何かあったのなら、例え相手がエンティルと言う(ある意味)世にも恐ろしい存在でも黙ってはいられない。

  神田はキツク目の前のエンティルを睨みつけた。

  人をも視線で殺せそうな睨みの恐ろしさに普通なら震え上がるところだ。
  だが生憎、エンティルは普通ではない。
  当たり前に平然と無表情だった。
  
  「あえて言うなら、を助けた」

  「を助けた・・・だと?」

  「あのままだったらじゃなくなってた」

  「?」

  ――――じゃなくなる?――――

  意味がわからなかった。
  
  「は・・・」

  「もう大丈夫だ、命の危険は無い。今は眠ってるだけ」

  最後まで神田の台詞を聞くことなく答えを返す。

  エンティルの腕の中にいるは、とても安心しきった穏やかな顔で眠っていた。
  神田は様子を確認すると、ほっとする。

  「・・・に、何があったんだ?どうしてお前が・・・を助けた?」

  他人が傷つくことも、死ぬことも、どうでもいいと言うのがエンティルだ。
  冷酷とも非情とも近くて違う、無関心。
  そんな彼が他人をわざわざ助けたのだ。気まぐれか、何か意図があるとしか思えない。

  のために俺が存在するからだ」

  当たり前のようなエンティルの答え。

  「それは・・・――」


  「―――エンティル?」

  聞こえてきた声にエンティルは視線を向け、神田も振り返った。
  
  呆然と立ち尽くしていたのはリナリーだった。
  彼女が持っていたのを落としたのであろう、足元には書類が散らばっていた。

  「エンティル?ほんとに、本物のエンティル?」  
  
  「俺じゃなかったら何に見えるんだ?」
  
  イヤミでなく本気で聞き返してくる。

  ―――エンティルだ。間違いなくエンティルだ。

  リナリーは泣きたくなった。
  
  何かあることに思い出していた人。また戻ってくると言った言葉を信じて待っていた人。
  その人が今、目の前にいる。  

  必死に泣くのをガマンした彼女の瞳は涙で潤んでいた。

  「エンティルっ!!」

  思わず抱き付こうとした。
  しかし飛び出した一歩で、リナリーは止まる。
 
  「・・・?」  

  エンティルに抱き上げられているの存在に気づいたのだ。

  「どうしたの!?確か具合が悪くて医療室に行ったはずなのに・・・!」

  「行く途中の廊下で倒れていた。
   原因を対処したから危険な状態は脱出したが、まだ無理は出来ない。
   ―――を休ませたい。の部屋は?」

  「あ、えっと・・・、こっちよ。案内するわ」

  親しそうに<>の名を口にし、彼女を気遣っているようなエンティルに困惑しながらもリナリーは案内しようとする。
  
  落とした書類をテキパキと拾うと神田に手渡した。

  「ごめん。私はの部屋に彼を案内するから、これを持って兄さんを呼びに行ってもらえる?」

  「・・・ああ、わかった」

  本当なら付いて行きたいところだが、やはりコムイに報告する者が必要だろう。
  
  神田は書類を受け取ると、司令室に急いだ。





  の部屋にはリナリーに神田。
  そしてエンティル帰還の報告を受けたコムイ。

  慌てて駆けつけた彼らが部屋に入ると信じられないものを見る。
  
  困惑した顔のリナリーに、ベットに寝かせられた
  そこまではいい。
  
  ベットに腰掛けているエンティルだ。  
  愛しげに寝ているを見詰め、彼女の頭を優しく撫でていたのだ。

  ――――姿は間違いなくエンティルだが、本当に本人なのか疑ってしまう。
  あのエンティルが、無表情な彼が、こんな優しい顔をするとは信じられなかった。

  「・・・それじゃあ、とりあえずキミとちゃんの関係を聞かせてもらえる?」

  コムイが尋ねると、こちらを向いたエンティルの顔は無表情。
  見事な表情消滅。
 
  「なんで?」

  「いや、なんでって・・・。
   ―――彼女は教団のエクソシスト。ボクたちの仲間だ。室長として知らなくてはいけない」

  「エクソシスト・・・、仲間ねぇ・・・・・」

  意味有りげに微かに嘲笑うような顔をエンティルはした。

  ―――そうだ。彼の表情は戦っている時などに見せる、嘲笑うようなものや冷笑。  
  それ以外で表情を見せることは滅多に無い―――

  なのに今、彼は表情を表している。
  どういうことだろうか?

  驚きを通り越して困惑するしかなかった。

  「仲間って、どこからどこまでが仲間なんだろうな?」

  「え・・・?」

  意味不明なことをエンティルが呟く。
  疑問を抱いていた時―――――。

  「ん・・・・・」

  が目を覚ました。

  「「「!」」」

  「・・・あれ?私、どうして・・・・・」

  ベットからは身を起こそうとする。
  しかし身体がダルく辛い。思うように動かなかった。

  「うぅ・・・」

  「、まだ辛いでしょう?無理をしないで」

  そう言って、エンティルが起き上がろうとしたの身体を支え、彼女を再びベットに優しく戻した。
  
  (((今「でしょう?」って!!?「無理をしないで」って!!?あのエンティルが!?!!?)))

  心の中で叫びを上げずにはいられなかった。
  
  しばし絶句して放心中。


  「あの・・・助けてくれてありがとう・・・・・」

  「当然のことをしたまでです。を守るのが、俺の使命ですから」

  お礼を言うに対し、優しい微笑みで返すエンティル。

  (((エンティルが敬語ッ!!?しかも笑ってるーーー!!?!?)))

  とエンティル以外、大パニックを起こしていた。

  「やっぱり起きるよ。私、あなたに訊きたいことがあるんだ」

  「・・・わかりました」

  が起き上がるのにエンティルが手を貸す。

  (((あの無関心が気遣ったっ!!?しかもなんか手慣れてる!?)))

  大パニックの3人には気づかず、起き上がるとはエンティルに質問を始めた。

  自分と彼の関係。
  なぜ胸に十字架が浮かんできた時から体調が悪くなったのか。
  なぜ今は楽になっているのか。
  ・・・彼は、自分のことをどこまで知っているのか。
  
  その他にも聞きたいことが山ほどある。

  まずは・・・――――。  

  「あなたは誰?」

  尋ねると、エンティルは目の前で片膝をつき頭を下げた。
  その行動にを含め全員が目を点にする。

  「俺はの『特別』。を守る《守護者》です」

  「わ、私を守る守護者!?えっ!?なんで!?」

  「が俺の主だから」

  「主っ!?待って!待て待て!早まるな!落ち着いてッ!!」

  「落ち着くのはです」 

  あくまでエンティルは冷静だった。

  「私が主って何!?なんでそうなった!?私とあなたってなんなの!?私のこと何か知ってるの!?
   胸に出てきた黒十字は何!?なんで体調が悪くなったの!?
   なんで今は体調が楽!?何したのっ!!?!?」 

  「話しますから、落ち着いてください。体に障りますよ」
 

  思いもしなかった事態にもパニック。
  順を追って質問するはずだったことが一気に口から飛び出した。

  「予想はしていたが、は記憶を失ってる。俺のことを覚えていない」

  呟く彼は、どことなく哀しそうに見えた。  

  「説明程度には話しましょう。だが全ては語れない」

  「・・・どうして?」

  「自身が思い出さなくては意味が無いから」

  は目を瞬かせる。

  「私自身が、思い出さないと意味が無い・・・?」

  「そう。―――まずは今、俺が話したことを受け入れてから聞いてください。
   俺はの守る守護者。を真に理解できる『特別』だということ」

  エンティルは真剣な顔で、その眼は強い。

  ―――これから何を知ろうとも、これから何が起きようとも―――

  「例えが俺を拒絶しても、どんなに冷たく当たってきても、俺はを守ります」









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