第六夜 変わらぬ思いで変わること




俺が黒の教団に留まった理由は二つ。

一つは、あいつがしばらく生活する場所を良く下見しておきたかった。

もう一つは・・・、メガネと助手の兄妹に興味が沸いたから。

本当の兄妹。偽りの兄妹。

何が違う?

血の繋がりは無い。
でも、血の繋がりなんかより強い繋がりがある。俺達には特別な絆がある。

俺達は特別だ。誰にも入り込む隙なんて無い。

俺はあいつを妹だと思ったことは無い。
特別で大切な、愛しい者だと想っている。
ただ、あいつが俺を兄だと思いたいのなら、あいつが思う<兄>になってやりたい。

なら何が違う?

偽りの兄妹。本当の兄妹。

イノセンスが慣れ能力が安定するまでの間だけ、ここに滞在することにした。

俺の監視するためにゴーレムと、あの女・・・助手は俺の近くにいることが多かった。
まぁ、どうでもいいが―――。

コイツは他の人間よりはマシだと思った。

何故そう思ったのか。
おそらくあの女に、あいつの幻覚を一瞬でも重ねてしまったせいだろう。
意識が朦朧としていたせいと、あいつに逢いたいと想う気持ちのせいだ。

涙で濡れた顔で心配そうに、俺の顔を見下ろす助手。
その姿があいつの幻覚と重なった。

同じ黒い髪だが助手は青みがかって、あいつの方は漆黒の髪だ。目の色も違う。
二つに結んでいた髪が解けた時の長さは結構長かったが、あいつは方が長い。あいつは足の付け根まである。

でもあの時はあいつだと思って、優しい言葉をかけてしまった。
まさかあいつ以外に、あんなふうに接する日が来るとは思わなかった。

―――――もしかしたら・・・もしかしたら、俺は変わってきてるんだろうか?俺は変われるんだろうか?

・・・・・・・・違う。変わらなくてはいけないんだ。

このままだと何も変わらない。
宿命は変えられない。せめてその中の運命は、少しでも良いものに変えてやりたい。

その為には変えなくてはいけない。
変える為にはまず、俺が変わらなくてはいけない。

変わろう、あいつのために・・・・・・・。

俺は、変わらなくてはいけないんだ――――。






第六夜 変わらぬ想いで変わること





ここは何処だ?

エンティルは周りを見渡した。人がひとり居るのに気がつく。

―――っ!!!!

それはエンティルが、ずっとずっと逢いたかった<あいつ>。
特別で大切な、誰よりも愛しい者だった。

エンティルは彼女だと確信すると側へと駆け出した。
腕を伸ばす。彼女を強く、だが怪力でつぶさないように抱きしめた。

逢いたかった。逢いたかった。やっと逢えた・・・・・・。

彼女は抱きしめられたまま、何も言わなかった。何も反応しなかった。

・・・?

おかしい。様子が変だ。

彼女の顔を覗き込もうと少し離れるのに、抱きしめている腕を緩めた時だった。

ズル―――――

エンティルの腕の中から、彼女が崩れる落ちるように倒れた。

固まり、エンティルはそのまま動けなかった。
不吉な予感に染まった金の視線だけをなんとか動かし、下に向けた。

そこに力無く倒れる彼女。
紅い瞳は閉じられ、白い肌は青くなって見るからに冷たそう。

生命を感じない、コレは―――――『死』



夢から逃げるように、バッ――とエンティルは眼を開け起きた。

「わっ!びっくりした・・・」

森で木に寄り掛かり寝ていたエンティルの顔を覗き込んだリナリーは、突然起きた彼に驚いて身を引いた。

「・・・・・・・・・・」

「大丈夫?顔色が悪いけど・・・悪い夢でも見た?」

「・・・・・・・見た。悪い夢・・・俺が一番恐れていること・・・・・・。
夢なんて見たことなかったのに、イノセンスを取り込んでから夢を見る。―――訴えかけてるみたいだ・・・・・」

―――ここのままだと、この夢のようになると言うのか?

(だとしたら・・・やはり変えるために、変わらないと・・・・・・)

辛そうにエンティルは頭を押さえる。

心底リナリーは辛そうな彼を心配した。
――っと同時に、彼でも恐れていることがあったのかと驚いた。

「・・・アレは?」

「え?」

何かを見つけるエンティル。彼と同じ方に視線を向けるリナリー。

まるでホウキ乗った魔女のように、長く伸び続ける棒のようものに乗った人物。
ここからでは黒いシルエットとして見える。

「ああ、あれはラ・・・」

ごおぉっ

あれはラビ。
エンティルの方を振り向いて、そう言おうとしたが・・・続きが途切れる。

巨大な岩をエンティルが軽々と片手で持ち上げていたのだ。
そのまま、勢い良くシルエットに向かって投げ飛ばす。

ヒュォォォォォォ・・・ ドコッ!

「しとめた」

「キャーーーーーーー!!!!」


投げられた岩が飛んでいたラビに命中。
ラビは当たった岩と共に落ちて行った。

「何やってるのエンティル!?」

「未確認飛行物体をしとめた」

「あれはラビよ!」

「眼帯とマフラーしてたから、そうだろうな」

「え、この距離で見えたの?」

ここからでは黒いシルエットしか見えない。
ラビだと分ったのは伸びる棒、彼のイノセンスの独特の使い方だったからだ。

「俺は視力を、望遠鏡のレンズのように換えられるんだ」

「すごいのね・・・って、そんなのん気にしてる場合じゃないわよ!!
ほらっ!行きましょう!!」

リナリーはエンティルの腕を引っ張る。

「何処に?」

「ラビの所!無事か確かめないと!!」

「えー」

「ほら早くっ!!」

エンティルはリナリーに無理やり引っ張られて行った。

向かうはラビの落下地点。





落下地点には人だかりが出来ていた。
エンティルの腕を引っ張って来るリナリーを見つけた団員のひとりが、この人だかりが気になって来たのだと思い声を掛けてきた。

「リナリーちゃんも気になって来たのかい?」

「えっと・・・それは・・・」

「なんでも隕石がラビに激突したんだってよ」

団員がクレーターと強大な岩を指す。
ラビの姿はもうなかった。

「運が悪いよな。飛んでたら隕石とぶつかるなんて」

造った笑みを引き攣らせるリナリー。

すっかり皆は隕石だと思い込んでいる。
それはエンティルがラビに向かって投げた岩・・・――、とは言いにくい。

「ええ・・・ほんとに、運が悪・・・」

「あー、それは俺が―――」

とっさに、お構い無しに自白しようとするエンティルの口を手で押さえた。

「あのそれで、ラビは?無事?」

「ああ、医療室に運ばれてったけど無事みたいだ」

「ちっ」

(舌打ちした!?)

自分の口を押さえるリナリーの手を退けると、悔しそうにエンティルが舌打ちをした。

・・・無事なのが気に食わないのか。

「なぁ今、舌打ちを・・・」

「話し訊かせてくれてありがとう!」

団員は舌打ちのことを訊こうとした。
その前にラビの無事を確認したリナリーは強制的に会話を終わらせ、エンティルを引っ張りながら急いでこの場を離れたのであった。





リナリーはエンティルを引っ張り、教団内の廊下へと来たところで溜息を吐いた。

「もーー!エンティルはほんと・・・、何考えてるのかわかわないわよ・・・・・・」

「俺もわからない。気分?」

本人に言われたらお手上げだ。訊かれても困る。
しょうがない、といったふうにリナリーは苦笑するしかなかった。

「お!いたいた、リナリー!」

離れた所で自分を呼んでいるのはリーバーだ。

「任務だ!司令室に来てくれ!エンティルの監視役の代わりも司令室に来てる!」

「わかった!今行くね!」

リナリーがそう言うと、忙しいリーバーは科学班に戻って行った。

「エンティル、お願いだから大人しくしててね」

「無理」

「即答しないで」

一応言い聞かせながら移動しようとした。

「おい助手」

リナリーよ!もう!何度言ったらちゃんと呼んでくれるの!?」

「じゃあ、変態メガネの妹で

「やめて・・・」

覚えてるのか覚えていないのか定かではないが、何度言ってもエンティルは人物の名前をちゃんと呼ばない。

リナリー=助手
コムイ=メガネ=変態メガネ
ブックマン=ジジィ
ラビ=兎(勝手にラビはラビットのことだと解釈)
神田=短気バカ
科学班員=過労死候補者

―――と、こんな感じだ。
彼が人物の名前を呼んだところなんて、見たことも聴いたことも無い。

「それで何?」

尋ねると、エンティルは何やら考え込んでしまった。

一方、そんな彼の様子にリナリーは頭に?を浮かべる。

「一つ、お前に訊きたいことがある」

「私に・・・訊きたいこと・・・?」

以外だった。
エンティルが改まって尋ねてきたのだ。

「それで、私に訊きたいことって?」

「任務だろ?じっくり訊きたいから、時間がある方がいい」

「そう、なら後で・・・。時間が出来たらね」

司令室に向かって歩き出すふたり。
横目でリナリーはエンティルの顔をうかがう。

(私に訊きたいことって・・・なんだろう・・・)

気になり疑問に思いながらも、リナリーは今は追求しなかった。

本人がじっくり話したいと言っているのだ。何か大切な話なのかもしれない――――。

思えば今まで、エンティルとじっくりと話したことなど無かった。
なんだかんだで彼が騒動を起こすし、彼のペースに流されてしまうのだ。

―――私もじっくり話してみたい。

そのためにも出来るだけ早く時間を作ろう、そう思うリナリーだった。





* * * *





――――――信じられなかった。

目撃してしまった、その光景が・・・。

見たくなんて無かった。

何故?どうしてなの?エンティル・・・・・。

放心状態。ただ何度も心の中で、繰り返し問いかけ続けた。


司令室についたふたり。
リナリーはコムイから任務の内容を訊いて、代わりの監視役の団員を紹介された。

任務の説明が終わった時に、気がつけばエンティルは姿はもう司令室には無かった。
彼は消えたかのように、いつの間にかいなくなることが多い。

任務の出発は明日の朝早くだと言われた。
それまで時間が出来たのでエンティルと話をしようと、彼を探していたリナリー。

途中、ミイラ状態に包帯を巻いたラビと遭遇した。

「あ、ラビ、エンティル見なかった?それと・・・大丈夫?」

エンティルのことを尋ねながらも、巨大な岩をぶつけられたことも心配する。

「リナリー・・・オレもう、ダメさ・・・・・」

ラビの様子にリナリーは慌てる。
弱弱しい声でそう言うラビは泣いてたのだ。

「そんなに痛むの!?」

「痛む・・・痛むんさ!心のキズが!

「心のキズ?」

なんのことだか分らないが、とりあえずエンティルが負わせたキズのことでは無いのだろう。

「気になってる人に、好きな人がいたんさ・・・」

どよ〜んとうつむきながらのラビのセリフに、リナリーは呆れた。

ラビは美人に惚れやすい・・・。
特に綺麗なお姉さんに良くストライクするのはリナリーも知っている。いつものことだ。

「それで?相手は?」

「医療班のシリア・アセリスさん!」

シリア・アセリス――――。
最近新しく入った医療班の看護婦だ。
金髪美人でスタイルも良く、化粧に香水など大人の魅力を出しながらも実に優秀な人。

「前から目をつけてたのに・・・」

そりゃあ目をハートにして。

「でも話してたら突然、笑顔で『私、エンティルのことが好きなの』って・・・」

「え・・・・・・?」

さらに落ち込むラビをよそに―――。
思ってもいなかったことに、リナリーの思考はついていけなかった。

エンティルとシリアなら、シリアの方が3つ4つぐらい年上だが。
この時代、それ相当のトシにさえなればトシの差なんてたいして関係ない。10や20ぐらい離れてる夫婦だっている。

(シリアが・・・、エンティルのことが好きだなんて・・・・・)

思い出せば、最初シリアが会った時もエンティルのことを見ていた。
他の者を見るのとは、明らかに違う視線で・・・。

「―――ああそう言えば、そのあとちょうどいいタイミングでエンティルが来たんさ。
んで、ふたりでどっか行っちゃったし。あのふたり、他の人より親しげなんだよなぁ・・・」

「他の人より、親しげ・・・・・」

何気なくラビが言う。

リナリーは目眩が起きそうだった。

シリアはともかく、エンティルが他の人よりとは言っても親しげにしてるなんて。

もしかしたら・・・エンティルも・・・・・・?
そう思ったら何故かじっとしていられなかった。

「ごめんラビ。私、もう行くね」

感情がこもらない声で言い残し、リナリーは急ぎ足でこの場を離れる。徐々に足を速め、ついには駆け出した。

(ほんとに・・・ほんとにそうの!?エンティルっ!?)

焦るような感情と祈るような気持ちのリナリー。

フラれたからと言って、ラビがウソを吐くとは思えない。
でも、確かめるまで信じたくない。

そうさせているのはリナリーの、そうでなければ良いと思う拒絶心のせいだった。

しかしリナリーが見た光景は、あまりにショックだった。
底の見えない闇に突き落とされたかのよう。

見つけてしまったのだ、エンティルとシリアが一緒にいるところを。

リナリーは何故か物陰に隠れてしまった。ふたりの様子を盗み見る。

いつものようにエンティルは無表情だが、大人しくシリアの話を聴いていた。
シリアは妖艶に自分の身体を彼に寄せ、彼の腕に自分の腕を絡ませていた。

「・・・ねぇ、エンティル。まだあの―――――忘れられない―――」

「――――当たり前だろ」

「でも―――――なら、ねぇいいでしょう?私と――ましょう?」

ここからではふたりが何の会話をしているのか上手く聞き取れない。

シリアがこちらの方を向き、覗き見ていたリナリーと目が合う。
彼女はリナリーがいることに気づき、挑発的な笑みを見せたのだ。

その場からリナリーは逃げ出した。

胸が苦しい、切ない。

(何?この気持ち・・・・・・)

自分の中に感じた戸惑いと共に、涙を堪えるのに必死になっていた。

気持ちを落ち着けると、リナリーは放心状態になって教団の中をぐるぐると徘徊していた。
まるで今の自分の気持ちそのものだった。









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