第十三夜 次に続く、望みに、救いに、希望に・・・




考えたことがあるだろうか。

《神》とは、何なのだろう?

《世界》とは、何なのだろう?

《兵器》とは、何なのだろう?

《自分》とは、何なのだろう?

考えたことがある者も居れば、考えもしない者、考える必要の無い者も居るだろう。

青年は考えた。
青年にとって・・・・・。

《神》とは―――、自分と同等の力を持った。自分の素になった存在。

《世界》とは―――、

《兵器》とは―――、人を殺し、何かを破壊する為に創られたモノ。

《自分》とは―――、神に近き『兵器』。の守護者。

青年にとって、それが自分の中での当然の答えだった。
他は存在しない。

兵器として生まれた青年は、愛しき少女を守る為に戦う。

それは愛情か、忠誠か、存在の固定の為か、それともそれら全てか――――。

悲しんで欲しくない
失いたくない。
守りたい。


少女を守る為に、青年は少女を想い、魂をも捧げることを誓った。

強き想いは、未知なる力を呼び覚ます。





第十三夜 次に続く、望みに、救いに、希望に・・・





いつも無表情のエンティルが、笑みを浮かべていた。
だがそれは冷たいもの。

冷徹な笑み。

「俺を殺すんだったら、さっさと殺しておくんだったな」

力が復活する前に―――。

シリアは悔しげに睨み返していた。

「フンっ!例えあなたの力が復活したところで、私の力だってダークマターで上がってるのよ!
殺せなくても、もう二度と復活できないようにボロボロにしてやる!!!」

シリアが跳んだ。
一瞬のうちに蹴りの体勢でエンティルの前に移動する。
誰もが彼に蹴りが直撃するかと思った。

しかしダンとぶつかり合う音。
リナリーのダークブーツ(黒い靴)をコピーした蹴りだと言うのに、エンティルはシリアの蹴りを蹴りで受け止めた。

「クっ・・・!!」

ダダダダダダダダダダダン

激しい蹴り合いが始まった。

目にも止まらぬ速さで連続蹴りを繰り出すシリア。
対して、これまた目にも止まらぬ速さの連続蹴りで受けるエンティル。
攻撃の激しさに息する間もない。

「このォっ!!」

シリアの渾身の力を込めた一撃。
その分、大きく振りかぶった為スピードが遅くなる。その隙にエンティルが皆の視界から消えた。

「!!?」

気づいた時には、もう遅い。
振り返る前に、背後からエンティルの回し蹴りが容赦無くシリアにヒットした。

「ギャアーーーーーーー!!!!」

蹴り飛ばされ、シリアが門番の横の壁に激突。
恐怖で怯えた門番が泣きながら悲鳴を上げた。

「何すんだァアーーーー!!!!もう少しズレてたら、オレに当たるところだっただろ!!!
だいたいなんでココで戦いはじめてんだよっ!?!!」

「黙れ。その顔エグって平面にするぞ」


「スイマセン・・・、黙って見守ってます・・・!(ガタガタ)」

恐えェよ〜〜〜、と門番はエンティルに見据えられ震えていた。

エンティルの脚力はダークブーツ(黒い靴)と同じ、もしくはそれ以上だった。

「私も戦うわ!」

「もちオレもさ!」

「チッ!やられてばっかでいられるかよ!」

一息吐いた戦いの様子を見て、リナリーが参戦すべく前に出ようとした。ラビも神田も。

「お前達は引っ込んでろ。アイツは俺を怒らせた。コレは俺の戦いだ」

その台詞に顔を悔しそうに顰めるリナリー。

「あたなだけの戦いじゃない!自分一人で戦おうとしないで!!」

静かに無の眼を、エンティルはリナリーに視線を向ける。

「お前は俺を否定するのか?」

「え・・・?」

「俺が存在しているのは、俺が存在できる世界があるから」

視線を戻す。

「アイツは俺の世界を壊そうとした」

エンティルの眼が、狂気の眼になる。
これが彼の怒り、または戦闘モードだ。

「俺の世界を、俺は守る。何を犠牲にしても。
それだけが俺の存在意味・存在理由・存在の証なんだ」


そして冷たい笑みを浮かべた。

生まれが兵器だからだろうか―――。
戦っているエンティルは楽しそうだった。

「そもそもお前ら、イノセンスで戦ったところでコピーされるだろ。どうやって戦うんだ?

「「「あ・・・・・(汗)」」」

意気込んだものの、大事なことを忘れていた3人。

「そうか!イノセンスを取り込んではいるが、直接武器として使ってないエンティルなら能力をコピーされることは無い!!」

コムイが言葉に、一同が納得した。

「つ・・・」

シリアが起き上がる。

「思い知ったかアセリス。俺を怒らせた報いだ。だが・・・・・・」

エンティルはシリアを見据える。

「変態メガネはよく殺してくれた!それはよくやった」

「死んでない!ボクは死んでないよエンティルっ!?(汗)」


勝手にイキナリ死んだことにされたコムイは声を必死に反論した。

叫んだコムイを見て生存を確認するエンティル。―――そして残念そうに顔を背けた。

「ねえ何?そんなボクが生きてるのが残念なの?」

尋ねずにはいられなかった。

一方、シリアは消されずに残った腕を剣のように鋭く変形させる。

「はあぁああぁぁぁああ!!!」

エンティルに跳びかかる。
だが彼は既にシリアに片手を向けていた。

「ダークネスサンダー」

黒い雷にシリアは撃たれる。
悲鳴を上げ、所々に黒や赤い火傷を伴い彼女は倒れた。

「まだ一応、死なない程度に手加減してやった。メガネを殺したことに免じて」

「生きてます!!生きてます!!!」


まだ言っている―――。

それはともかく。

先程までのシリアの勢いがウソのようだ。
神田とラビにリナリーとの、エクソシストと戦いでは圧倒的にシリアの方が有利で、
もてあそばれてさえいたのに・・・―――。

立場逆転。

エンティルとの力の差は歴然だった。
彼はそれだけ強いと言うことだろう。それはそれで恐ろしい。

「どっ・・・どうして・・・・・・」

シリアがよろよろと立ち上がる。

「どうして、これほどの力を持っていながら・・・、なんであの女なんかを選んだのよッ!!!

鋭く睨みつけるシリア。

「どうして私じゃダメなのよ!!!あんな泣いてばかりの何もしない小娘のどこがイイのッ!!?」

シリアの目には、憎しみよりも悔しさに近いモノが宿っていた。

「あなたは自分からあの小娘を選んだ!!あの小娘のモノになることを選んだ!!
自分から契約を結ぶことを持ちかけた!!!」


「・・・自分から」

シリアに騙されたことが分ったリナリーだが、まさかその部分まで話が違うとは―――。
これはもう、ほとんどが違うかも知れない。

(ほんとに私・・・、失礼なこと言ってたんだ・・・・・・)

再び深く反省するリナリーだった。

「あの小娘はよく泣いていた。その度にあなたは、小娘を抱き上げてあやしていた」

聞く限りエンティルの主は、小さい子供のような感じがする。

「あなたはあの小娘に尽くした。飽きもせずに、いつもいつも側に居て」

さらにシリアの睨みがキツクなる。

「それが・・・憎らしかった!!

溜め込んだものを吐き出すかのように叫んだ。

「幸せそうにしているのが憎らしかった!!
側に居て、側に居ることに幸せそうにしているあなたがッ!!
あなたにいつも側に居てもらって、守ってもらっているあの小娘がッ!!!」


鋭く変えた腕を構える。

「・・・だから壊してやろうと思った。
そんなお前達を、壊してやろうと思った。
あまりにも強く結びついてしまったお前達は、片方が居なくなればもう片方は終わりだ」

エンティルに向かってボロボロのシリアが斬りかかった。

「手に入らないのなら、いっそのこと壊してやる!!!!」

誰もがこの時、分った。
嫉妬だ。

シリアは本気でエンティルのことが好きだったのだ。
だが彼が選んだのはシリアではない、別の女(おそらく少女)だったのだ。

エンティルはダークブルーの羽を一枚手に持っていた。
それが一瞬の光でナイフへと変わった。

「・・・あいつは、暗く、冷たい、闇の中―――。ずっと独りきりで、孤独で」

連続で斬りかかって来るシリアの腕を、ナイフで受け流す。
だが喋っている余裕がエンティルにはある。

「信じていたモノに裏切られ、傷つけられて、傷ついて・・・。強さで保ってきた、繊細な心は打ち砕かれて。
身も心もボロボロにされて・・・・・」

刃物がぶつかり合う音が響く。

「俺だけが真にあいつを理解できる。俺達は互いに『特別』な存在なんだよ」

ダークブルーの翼を出して展開させたエンティルは一気に頭上に飛んだ。雲を突き抜けて。

(どこっ!?)

空を見上げてシリアは必死に雲の上へと消えたエンティルを捜す。

次の瞬間。雲から光が落下。

「え・・・・・?」

あまりの速さに何が起きたのか分らない。
振り返れば、ナイフを振り下ろしたエンティルの姿。

残っていたシリアの腕は、光の速さで切り落とされていた。

「・・・・・そんな・・・」

そしてそのままエンティルの鋭い蹴り。
両腕を失ったシリアが蹴っ飛ばされ、ドサッと倒れた。

「ここまでか・・・・・。こんなハズじゃあ、なかったのにな・・・・・・・」

黒い雷に撃たれ、両腕を失い、とんでもない衝撃力の蹴りを食らったシリアには、もはや力は残っていなかった。

消えかけた意識の中で、必死になって言葉を繋いでいた。

「ねえ、エンティル・・・・・。
もしも、もしもあの女より早く、私達が出会っていたら・・・何かが変わっていたの・・・かしら・・・・・?」

シリアは悲しみの涙を流し、目をゆっくりと閉じる。
そして・・・・・・。

彼女は、動かなくなった。

―――切ない――――

リナリーは、そんなシリアに同情と哀れみを抱いた。

彼女はエンティルを愛し、その叶わぬ想いが暴走してしまった結果が、コレだ。

自分もエンティルのことが好き。
好きになってしまった。
どこかを間違え、踏み込んではいけない場所へと踏み込んだなら、理性を効かせなかったら、暴走したシリアのようになるかもしれない。

そう思うと、恐ろしさと切なさがリナリーの中に湧き上がった。

エンティルはシリアが動かなくなったのを確認すると、狂気の眼を無の眼に戻す。背を向けてダークブルーの翼を消した。
瞬間、誰もが死んだと思っていたシリアが目を見開きエンティルの背に跳び付こうとした。

「一緒に死んでッ・・・」

しかし跳び付く前に、エンティルの周りにはヴンッ――と無数のナイフが浮かんでいた。
彼は振り返ることなく―――。

「ジャック・ザ・ナイフ」

一斉にナイフは標的へと刃先の方向を定め、瞬時に飛んだ。
シリアの体中にナイフが突き刺さる。一本もハズレること無く。

ナイフの勢いに後ろに倒れる前に、シリアの体は爆発した。跡形も無く。

「何も変わらないさ」

相変わらず振り返ること無くエンティルは言う。

「例え、あいつより早くお前と会っていても、俺とあいつは『特別』である以上は何も変わらない。
何も変わることなんて無い。俺達の存在は、不動の真理なんだ」

最後までエンティルは、一欠けらも『愛情』と言う眼でシリアを見ることは無かった。





「―――どうしても行くのかい?」

コムイはエンティルに尋ねた。

「時々、わからなくなる。俺は今、本当に存在するのか」

エンティルらしくない意外に弱気な発言。

「自分の中のすべてを消されて、存在すら無かったことにされた。
・・・でもあいつと出逢って、俺は自分が生まれてきた意味を知った。
曖昧な俺の存在を、あいつは肯定してくれる。確かにココに居るんだと、あいつの存在が証明してくれる」

遠き過去に交わした『約束』で合わせた、自分の手の平を見つめる。

「俺のことを真に理解してくれるのはあいつだけで、あいつのことを真に理解できるのは俺だけなんだ」

新たに決意したように、その手を握り締めた。

「あいつだけが俺にとってすべてで、存在できる唯一の世界なんだ」

無の眼には、強いモノが宿っていた。

「お前達はお前達の世界を守ればいい。俺は俺の世界を守る」

すぅー、とエンティルの身体が透けだした。

「エンティル!?体が・・・!?」

皆が驚く中、リナリーが声を上げた。

「蓄積した力が少ない中で力を使い過ぎて、実体化することが出来なくなっただけだ。寝れば治る。
俺はこれからあいつと逢うべき時が来るまで、眠りに入る」

「おい・・・、お前の主は・・・死んだんじゃないのか?」

あいつは生きてる。
どんなに遠く離れていたって、俺達は繋がってる。もしもあいつに何か有れば、俺はわかる。
今はまだ無事だ」

言い難そうに神田が言うと、当たり前かのようにエンティルは答えた。

「ひとつだけ訊きたい。適合者の居ないイノセンスが何故動いたのか。イノセンスが自らの意志で?」

真剣に問うコムイ。
エンティルなら、その疑問を答えられる気がした。

「イノセンスは、俺を生かしたかったんだ。この戦争で勝利する為に俺の力を欲した。
それがイノセンスの意志、この世界の神の意志」

エンティルは軽く溜息を吐く。

「だが、俺にそんなのは関係無い。利用しても、利用される気はさらさら無い」

そんな中、どんどんとエンティルの身体が透けていき、もう上半身しか残っていない。

「ほんとにっ・・・、ほんとにこれでお別れなの!?もう会うことは無いの!?」

泣きそうなリナリーの顔を見て、エンティルは―――。

「俺は・・・またここに戻ってくる」

「・・・・・・ほんとに?」

「ああ、戻ってくることになる。次に続く、その時が来れば。その時は―――――」

最後にエンティルが何かを言ったような気がした。
しかしそれは聞き取れず、彼は透けて消えていった。

「待ってる。あなたが戻ってくる日を。だから・・・行ってらっしゃい

涙を溜めた瞳でエンティルが消えた場所を見つめて、リナリーは彼がまた戻ってくることを信じて見送った。
ただ、ただ彼を信じて。彼と再び会えることを信じて。





エンティルが居たのは、ほんの一週間ほど。
彼が起こした騒動の印象が強くて、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

―――ねえ、エンティル・・・。

あなたは、自分の存在が曖昧で、自分が本当に存在するのかわからなくなる・・・って言ってたよね?
でもね、私の中であなたと言う存在はどこまでも鮮明に残ってるよ。

それはあなたを肯定して証明することには、ならない?

真にあなたのことを理解するのは難しいことだけど、わかろうと、わかり合おうとすれば、少しは理解できると思うよ。
無理にあなたの中に入っていかないように、気をつけなきゃいけないけど・・・・・。

長い時間をかけても、私は努力したい。

あなたが戻ってくる日を、私は待ってからね。



人を惹き付ける魅力と美貌をもった、不思議な少女・が教団に来のは―――――。

それから半年後のこと。









  END