第十二夜 兵器として生まれた青年




どうして?

どうして私を選んでくれなかったの?

どうして私じゃないの?

ねえ、どうして?

どうして、あの女なの?

あんな何も出来ない、何もしようとしない女を・・・ッ!!

どうして!?

泣いてばかりいた女。
泣いてはあなたにすがり、あなたにすがっては泣き――――。

泣いてばかりで、力を持っていながら何もしようとしない、情けない女。

なのにどうして!?どうしてあの女なのッ!?

どうしてあの女を選んだのッ!?

私じゃなくて、あなたはあの女を選んだ!!!!

そんなのはイヤ!!許さない!!!
だから・・・―――。

壊す。

強い絆で結ばれた、あのふたりを。
強すぎる絆で結ばれた、あのふたりを・・・・・。

あのふたりの絆は強すぎる。
どちらか片方が欠ければ、どちらか片方は終わりだ。

だから壊す。

手に入らないのなら、壊してやる。





第十二夜 兵器として生まれた青年





装甲ドラゴンの巨大な体は崖の下へと落ちて行く。

「エンティルっ!!」

ダンッ


「リナリー!?」

コムイが呼び止める声も訊かず、リナリーは落ちて行ったエンティルが追って飛び降りた。

「フンっ、まさかイノセンスがエンティルに味方するとはね・・・。
でもあの様子じゃ、もう動けないわね。あとでジックリ始末させてもらうわ」

崖下を見て言うシリアは、教団の方に向き直す。

「最初は、あなた達からね!」

シリアの台詞に、神田とラビは教団を守る為に身構えた。





ドォオォォォンッ

巨体は土煙を上げて崖底の地面に衝突した。

「エンティルっ!!」

エンティルを追ってリナリーは地面に着地した。

「エンティルっ!しっかりして!?」

エンティルに近づき様子を伺う。
彼は眼を閉じ、倒れたまま動かない。

リナリーが手を伸ばし、エンティルに触れようとした時――――。
エンティルの体は青黒い光になる。

次第に光は縮小していき、人の形になり、光が消えると元の人間の姿のエンティルに戻った。

「・・・ん」

金の眼が開く。
倒れていたエンティルが起き上がり、立ち上がる。

「・・・・・・エンティル」

「ん?ああ、お前か。なんか用か?」

エンティルだ。
目の前に居るのは、狂気の眼にもなってない、いつものエンティルだった。
相変わらず無表情だが、見た限り苦しんでもいないし、ケガもしてない。

無事だ・・・、良かったぁ・・・・・・。

「うっ・・・」

張り詰めていた緊張の糸が切れる。
リナリーはエンティルに抱きついた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁあん」

「!?」

いきなりリナリーが抱きついて来て泣き出したので、さすがのエンティルも驚いた。

「おい・・・」

「なんでっ!?なんで消えて無くなってもいいなんて言うのよっ!!!!」

エンティルにしがみ付いて、リナリーは泣き叫ぶ。

「あなたに振り回されて!!心配してる私がっ!!バカみたいじゃないッ!!!!」

大粒の涙が大量に零れる。

「キライよ・・・!!すぐに自分を犠牲にするエンティルなんてっ・・・、大ッキライよっ!!!!」

エンティルは黙って、リナリーの叫びに眼を伏せる。

ふと何かに気づいたのか、ゆっくりとエンティルは首を動かした。
彼が金の眼に入れたのは、殺風景な岩だらけのゴツイ大地に、陰になって目立たなくひっそりと咲いている―――。

野草の・・・白い花だった。

「白い花・・・・・」

呟きにリナリーは、閉じていた目を開いた。

「俺は、花はキライだった。花は、すぐに散ってしまから」

突如、関係のなさそうなことを語りだすエンティル。

「でも、白い花だけは別になった。・・・白い花は、思い出だから・・・・・」

ふたりの思い出。

「あいつは、白い花が好きだった・・・・・」

見上げたエンティルの顔は―――。
愛しそうに、切なそうに、白い花を見つめていた。

「すぐに、自分を犠牲にしてないワケじゃない」

リナリーに視線は戻された。
白い花を見つめていた、視線のままで。

「方法を考えた。探した。でも何も無かった。他に、何も無かったんだ」

哀しそうに微笑んで、リナリーに問いかけた。

「なら、どうすればいい?」

問いかけに、彼を見つめたままリナリーは固まった。

「教えてくれ、ならどうしたらいいんだ?
魂を賭けても、どうしても守り、果たしたい。大切なんだ・・・・。―――だったら、どうすればいいんだ?」

―――――答えられなかった・・・。

<すぐ>などでは無かったのだ。
ソレはエンティルが悩み抜いた答え。最終的な、どうしようもない答えだった。

答えられないもどかしさに、唇を噛み締めることしか出来なかった。

エンティルのシャツにしがみ付いたまま、今だ涙流れる自分の顔が見られないように頭を下げる。

「・・・ズルイよ。そんな言い方・・・、エンティルは・・・卑怯だよ・・・・・・」

答えられない。何も言えないように、言ってくる。

「知ってる。わかってる。でもそれが、俺だから」

いつもの無表情に戻って言った。

「俺も、俺がキライだよ」

その言葉に、ハっとした。

―――彼は、変わりたいと思っていた。
大切な人のために、変わりたいと思っていた。

彼はそんな、変わらないといけないような自分が、イヤなんだ。
わかっているから、あえて認めている。認めているから、変わろうとしているんだ・・・。

ほんとに・・・彼は・・・、どこまでも・・・・・・―――

「そろそろアセリスに仕返しに行くか」

エンティルはリナリーから離れて行こうとした。
慌ててリナリーは袖で涙を拭う。

「あっ・・・、エンティルっ!」

呼び止められ、エンティルが振り返る。

破裂してしまいそうなほどドキドキと心臓が煩い中、胸の前で両手を握り締め、思い切って告白した。

「大切な人のためにがんばってるエンティルは・・・、すっ、好きだからっ!!」

言い切った時には、リナリーはこれ以上ないほどに真っ赤だった。

思いもしなった意外な台詞。
前に自分がリナリーに似たようなことを言っていた気がする。

呆気に取られたような顔をしていたエンティル。
・・・が、少しして穏やかな微笑みになり―――。

「ありがとう」

素直に、お礼の言葉が出た。
大切な者のためにがんばる自分を、応援してくれているのだと取ったから。それは普通に嬉しかったのだ。

そんな彼に換わり、言葉の意味をちゃんと理解して貰えていないのに対して、複雑な思いに苦笑するしかないリナリーだった。





攻防が続いていた。

神田とラビは苦戦を強いられていた。
ふたりはボロボロになり、シリアは余裕で楽しげ。

ヘタに攻撃すればイノセンスをコピーされる。
探索部隊(ファインダー)や科学班達も大砲で交戦するが、対アクマ武器の中でも速いダークブーツ(黒い靴)で簡単に避けられる。

「クソッ・・・!」

「オレら、絶体絶命・・・!?」

シリアも本気を出さず、教団を破壊するよりも、ふたりを痛めつけるのを楽しんでいた。

笑うシリア。
その背後で、素早く何かが2つ崖下から飛び上がって来た。

バッ――と背後の上を見上げると、リナリーのダークブーツ(黒い靴)の蹴りが落ちてくる。
咄嗟にコピーのダークブーツ(黒い靴)で避け、シリアがいた地面はバコと凹む。

「リナリー!」

コムイが妹の姿に声を上げる。

ヒュッ―― グサグサ

「くぅッ・・・!!」

隙無く続けて上から飛んで来た、アンティークデザインのダークブルーのナイフが4本のうち、2本がシリアの腕に刺さった。
痛みに顔を歪ませる。

ナイフを投げた張本人、エンティルが身軽に着地した。

「お前っ・・・!戻ったのか!?」

驚く面々を代表したのは神田。

そんな一同をよそに、教団の塔を見てエンティルは無表情で―――。

「おお、これはまたずいぶんと見晴らしがいい。内部から竜巻でも起きたのか?
もしくは思い切ったリフォーム途中?

「んなワケないでしょ」

大砲を備えた逆三角形の乗り物の上で間髪居れずコムイがツッコンだ。

「それに俺の記憶では、塔の後ろに山があったハズだけど、いつの間に引っ越したんだ?

「・・・なあエンティル。お前さ、もしかして覚えてないんか?」

「全然。シリアに文句言いに言った時以来、何も覚えてない」

自分が仕出かしたことを全然、何も覚えていない。だが本人は差ほど気にしてないようだ。
それはそれで迷惑な話だ・・・・・・。

「エンティルッ・・・!やってくれたわね!」

腕に刺さったナイフを抜きながらシリアがエンティルを睨みつける。

「アセリス、俺を怒らせた覚悟は出来てるんだろ?」

どうやらエンティルはシリアと戦う気のようだ。
彼はシリアを見据える。

「エンティル気をつけろ!
『胡蝶のように舞い、鋼鉄の破壊力で地に落ちる』リナリーのダークブーツ(黒い靴)をそいつはコピーしてるぞッ!!」

「蝶・・・?」

リーバーの忠告に、エンティルはダークブーツ(黒い靴)の動きを思い浮かべ・・・。
無表情でさらりと―――。

「ノミみたい」

しーん


全てが固まり、静まり返った。中には開いた口が閉じない者もいた。

緊迫した場の雰囲気をぶち壊しにする男がココに居た。
空中に舞う姿が<胡蝶>よりも、彼からすれば飛び跳ねてる<ノミ>。

「・・・気にすんなよリナリー・・・・・。
ほら、エンティルの言うコトだから・・・・・・・」

「わかってる。わかってるわ・・・・・・・」

気まずさと同情に、堪らずラビがフォローを入れる。

今まで胡蝶だの可憐だの言われていたのが、ノミと表現された。
哀れ、使い手であるリナリーが一番ショックだろう。

「――――――あなたが・・・悪いのよ・・・。私の誘いを、私を選らばなかったからっ!!」

「当たり前だろう」

湧き出した怒りを噛み付くように叫ぶシリアに、当然のようにエンティルが言った。

「厚化粧の女はヤだ」

「誰が厚化粧だぁぁあぁああぁぁッ!!!(怒)」

「くしゃみしたら顔にヒビ入るクセに」

「入るかーーーーーッ!!!!(激怒)」


「香水の匂いもキツイんだよ。異臭隠しか?

「私の体は異臭なんて発してないわよォオォォオォォッ!!!!(超激怒)」

『・・・・・・・・・・・・・・』

額に青筋をむき出しにして叫び散らすシリア。
エンティルは動じることなく無表情。

他の者達は、黙ってふたりのやり取りを見ていることしか出来なかった。

「殺すッ!!もう頭にキタ!!教団なんかこの際どうでもいいわ!!!絶対にアンタを殺すッ!!!!」

「殺す?俺を?―――無理だね」

「ハっ、そうかしら!?」

ザシュ

「エンティルっ!?!!」


剣のように鋭く形を変えた腕が伸びエンティルの心臓を突き抜けた。
蒼白のリナリーが悲鳴に近い声を上げる。

「アンタは力が不安定!!身体も治せないでいる!!つまり今のアンタは不老不死じゃないッ!!!
今なら殺すことが出来るッ!!!!」

見せびらかすかのように串刺しにしたエンティルを高々と掲げる。
血が鋭い腕を伝い、彼はピクリとも動かない。

「動かないでね。動いたら今度は彼の頭を突き刺すわ。―――まあ、心臓を一突きで即死だけどね」

「――――――ッ!!!」

シリアが行動を見透かしたようにリナリーを見る。
怒りと憎しみと、悔しさの涙で滲んだ目でリナリー睨み返した。

だが心臓を貫かれ、死んだも当然のエンティルが動いた。
自分に突き刺さっているシリアの腕を掴む。

バンッ

エンティルの手がオーラを纏い、掴んだ場所からシリアの腕は跡形も無く消滅した。

「ああァッ!!そんなッ!?まさかッ・・・!!?」

解放されたエンティルが地に足をつける。
その胸元、貫かれた心臓の部分からは血がドクドクと出ていた。しかし彼はいたって平気そう。
口元の血を拭う。

「何をそんなに驚いてるんだ?言ったろ?無理だって」

「ど・・・どうして・・・・・。力が不安定な今は・・・・・―――」

今が不安定なんじゃ無い。今までが不安定だったんだ」

「・・・どういう意味?」

「力が不安定だったのは、新たに取り込んだイノセンスが慣れなかったから。
でも、その慣れないイノセンスは俺の中から出て行ってしまった」

ここまで言われて、シリアは理解した。
しかしもはや遅い。

エンティルのケガが脅威的な速さで塞がり、一瞬にしてその服装が変わった。
ネイビー色の上着。中は黒の丈長の半袖。下はベージュのズボン。

それはリナリーが初めて出会った時の、彼の服装だった。

「復活」

余裕の、冷たい不適の笑みをエンティルは浮かべた。









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