第十一夜 もう一つの姿




残酷に告げられた。


「あの女は、死んだんですもの」


その瞬間、狂気の眼を見開いたエンティルから全てが消えた。
音も、色も、理性も・・・、全てが途絶えた。

パリンッ・・・

壊れた音が響く。

右耳の赤ピアスが割れ弾けた。

転換(コンバート)

同時にエンティルの身体が青黒い光に包まれる。
光の塊になって天井を突き抜け、教団の外へと飛び出して行ってしっまた。

飛び出した光から、小さな光が落ちる。

後を追って飛び出したリナリー、神田にラビ、そしてコムイとリーバーや団員達が見たのは・・・――――。

目を疑うかのような、人とはかけ離れた姿への変化していくエンティル。

空中で停止した青黒い光が膨張。転換(コンバート)して巨大になっていく光は同時に形を創っていく。

巨大な体。
大きな翼。
大地をえぐれる手と足。
山をも凹ませそうな尻尾。
人を簡単に丸飲み出来る口に、鋭い牙。


光が静まると、そこには神話や童話、西洋の伝説などに出てくる<ドラゴン>

―――――――エンティルは、ドラゴンのような姿へと変貌を遂げた。

しかしその皮膚は、機械的なダークブルーの装甲。
まさに生物に機械、『生体兵器』と言うに相応しかった。

「・・・・・エンティル?」

漠然とエンティルを見る者達。

そんな者達をよそに、エンティルはその大きな口を開く。
周りの空気という空気を振動させ、威圧と迫力と波動で飛ばされそうな、雄叫びを上げた。





第十一夜 もう一つの姿





「なんだよ・・・これ・・・・!?」

「ド、ドラゴン!?」

「エンティルが・・・ドラゴンになった・・・・・」

「・・・ってか、ほんとにエンティルなのか・・・?」

それぞれが驚愕していた。

「これは・・・イノセンス!?」

コムイは地面に落ちている小さな光を見つけた。
手に取ると、それはイノセンスだった。

「なんでこんな所に、イノセンスがあるんだよ?」

「・・・エンティルは、その身にイノセンスを三つ取り込んでいた。
多分、あの姿になった時に一つだけ飛び出したんだ」

神田の問いに、コムイは確率の高い返答をした。

「アッハハハハ!見るがいい人間ども!!!
コレが神の力を持ちながら世界を滅ばす《終焉者》と呼ばれたエンティルの、もう一つの姿よ!!!!」


笑い飛ばすシリア。
エンティルの姿に満足だった。

「これが・・・エンティルの・・・もう一つの姿・・・・・」

目の前の光景が信じられない、っと言った風にリナリーが呟いた。

「さあエンティル!!黒の教団を!!人間どもを!!世界を破壊つくしなさい!!!」

エンティルがガバッっと口を開く。
口の前に丸い魔方陣が現れると、それの中心を通って光が集まる。

息を大きく吸い吐き出すかのように、エンティルはエネルギー波を放った。

向かって来た光線の眩しさと来るであろう事態に、皆が目を細めて身構えた。

ドゴオォオオオオオオオオオォンッ―――

空気を突き抜け、教団の横を通り過ぎ、後ろにそびえ立つ山へ直撃した。
激しい光の中、轟音と吹き飛ばれそうな衝撃波と共に山が消滅していった。

後には何一つ、残っていなかった。

「山が・・・消えた・・・・・」

全員が蒼白。腰が抜けて座り込む者もいた。

もしも教団に当たっていたら、あの山のようになっていたかと思うと・・・恐ろしい・・・・・。

「室長・・・・・・」

このままではイケナイ。しかしどうしたらいいのかわからない。
リーバーはコムイに指示を求める視線を送った。

「今いるエクソシストは神田くんとラビ、そしてリナリーだったね・・・。
――――3人とも、なんとしてもエンティルを止めるんだ!!あの攻撃が来たら一溜まりも無いッ!!!

「止めるって・・・、あんなのどうやってさッ!?

コムイの指示に、ラビが裏返った声で訊き返す。

「せ、説得とか・・・出来ないか・・・?落ち着くように・・・・・」

恐る恐る提案するリーバー。

(説得・・・・・。そうよ!落ち着かせないと・・・!!)

リナリーは、必死に声を上げた。

「やめてエンティル!!私、リナリーだよ!!わかる!?お願い落ち着いて!!!」

しかしリナリーの声も虚しく、彼はその大きな口を開き雄叫びを上げ、塔に襲い掛かろうとする。

「やめてっ!!『円舞 霧風』!!」

巨大な竜巻が巨大なエンティルの体を包み込み動きを封じる。

「やった!」

・・・っと思った。

だが、エンティルが翼で大きく羽ばたくと、呆気なく竜巻は消え去られた。

「チッ、仕方ねェ!!」

「手加減できねぇけど、悪く思わんでさ!!」

災厄将来!界蟲『一幻』!!

イノセンス第二開放――― 劫火灰燼 火判!!


ふたりの手加減無しの技が同時に直撃。
しかし神田の技は見るからに硬そうな装甲(皮膚?)に弾けれ、ラビの技でも傷一つ付けることが出来なかった。

「無駄よ!所詮、神の結晶ごときに、神と等しい力を持った神に近き存在であるエンティルに敵うワケ無いじゃない!!」

馬鹿にしてシリアは笑い飛ばす。

「やっぱり説得しか・・・」

「説得も無駄よ!あんた達の声なんて、もう聞こえちゃいないわよ。
アレに理性なんて無い。気が済むまで、全てが消え去るまで、暴れ破壊し続けるわ!!」

「そっ、そんな・・・・・」

絶望の色を、リナリーは抑えることが出来なかった。

「エンティルは完全に壊れたのよ。エンティルが無くなった心を取り戻せたのも、心を維持できるのも、あの女が居たから。
だから何よりも、あの女を失うことを恐れていた。あの女に強く執着していた」

「それじゃあ・・・・・」

シリアの言いたいことがわかったリナリーが口を開く。

「失ったと知れば、また心無い兵器に戻る」

自信満々にシリアが言い切った。

―――雄叫びと共に、第二波をエンティルが放とうとする。

「もうおしまいだーーーーーー!!!!!」

苦しむこと無い一瞬の死が、脳裏に浮ぶ。

バチンッ

第二波を放つ直前、エンティルは自ら口を閉じエネルギー波を飲み込み込んだ。
飲み込んだ為に内からのダメージで、悲痛な雄叫びと共にゴホッと口から大量の血を吐き出す。

「――――――ッ!!?!?」

あまりのことに、驚いて言葉も無かった。

「フンッ、混乱してるのか・・・。
まあ、いいわ。黒の教団が無くなっても、エンティルが無くなっても、どちらかが滅ぶんだったら」

そう言うシリアに、リナリーは涙で滲んだ眼で睨みつけてから視線をエンティルに戻した。

「オイ!どうするんだ!?」

「オレ達の攻撃じゃビクともしないってッ!!」

神田とラビは、コムイに指示を仰ぐ。
圧倒的な力を前に、コムイは黙って見つからない解決案を考えていた。

「助けないと・・・・・・」

呟いたのはリナリーだった。

「エンティルを、助けないと・・・っ!!」

「リナリー・・・・・」

「このままじゃ!このままじゃエンティルが死んじゃうかもしれないっ!!
・・・助けないと!彼を助けないとっ!!」


再度、彼を静めようとした。

「エンティルっ!!お願いしっかりして!元に戻って!!自分を取り戻して!!!」

エンティルは狂気の眼で、両手を広げて今にも泣きそうなリナリーを、ジっ・・・と見据える。

「・・・止まった??」

「通じたのか・・・・・?」

少し期待したのだが―――。

ガバッと凶器の鋭い牙が連なる口を上げ、リナリーを喰い付こうとした。

「リナリィーーーー!!!!」

それでも両手を広げたままリナリーは動こうとしなかった。動くことが出来なかった。

瞬間―――、エンティルから出てきたイノセンスが光りだす。
コムイの手から飛び離れ、エンティルとリナリーの間に入り眩い光を放つと、その中からは人の姿が現れた。

人の姿の前でエンティルの動きがピタっと止る。

(・・・・・・・・・・・・・?)

シリアも、リナリーもコムイも、皆が何が起きたのかわからなかった。

「今度こそ、止まったのか・・・?」

わかったのは、エンティルが止まったことだけだ。

人の姿は光を帯びてハッキリとは確認できない。髪の色も肌の色も服の色も、顔も、帯びた光でわからない。
ただストレートの長い髪で、ドレスを着た、女性のようだった。

エンティルの狂気の眼が、普段の眼に戻り、穏やかな眼になっていた。

口を閉じ、体は崖の上に乗らないからか、ぐったりと顎だけを乗せた。

『・・・・・・ごめん。・・・勝手に・・・この姿に、なってしまった・・・・・』

それはエンティルから聞こえた、エンティルの声だった。

口は動かしていない。不思議と耳に聞こえてくる。
どうやらこの姿では、人語は口を開かなくても喋れるようだった。

『怒っているのか・・・?悲しんでいるのか・・・?』

イノセンスが見せる光の人物に話しかけるエンティル。
おそらく、この人物が彼の<主>の姿なのだろう。

そしてエンティルには、他の者には見えない<主>の顔が見えているようだった。

『この姿になったことにか?それとも・・・、俺がしてきたことにか・・・?』

<主>は何も答えない。何も言わない。動かない。

イノセンスが見せている幻に過ぎないからだろう。

それすらわからないのかエンティルは、溜め込んでいた自分の想いを吐き出していった。

『ごめん。悲しませてしまって・・・・・・。俺はこんなんだから、いつだって・・・お前を悲しませてしまう・・・・・』

全員が、黙ってエンティルの本心を聞いていた。

『お前が愚弄されたり、侮辱されるのも、悲しむのも、・・・辛いんだ。苦しいんだ。
何も感じないハズなのに、痛みなんて感じないハズなのに、どうしようもなく辛くて、苦しいんだ・・・・・。
何かを言わずには・・・、行動せずにはいられないんだ・・・・・』

いつもの淡々とした口調ではなかった。

『・・・でも、わかってくれ!お前にだけは、嫌われたくないんだ・・・!お前にだけは、信じて欲しいんだッ・・・!』

その声は必死―――。

『確かに俺は<兵器>だ。兵器は何かを壊し、誰かを殺すために存在する!俺もその為に生まれてきた!!
けど今の俺には、最初から誰かを殺すつもりもキズつけるつもりも無い!!』


・・・いつもの彼とは、とても思えなかった。

『俺はただ・・・、ただお前の側に居て、お前を守りたいだけなんだッ!!どれだけの犠牲を出してもッ!!』

切なる想いがこもっていた。

『俺は・・・お前が居ないと・・・・・、他人に・・・優しくなんか出来ない。
だって・・・お前が居ないと、余裕無いんだよ・・・俺は・・・・・。俺が有るのは、お前が居るからだから』

どこか愛しそうに・・・、哀しそうに・・・・・。

『――――俺はお前の為なら、罪で穢れ、血で汚れても、良かったんだ。他なんか構ってられない。
それで俺がどんな風に、思われても構わないから・・・・・』

彼は溜息のように、苦しげに一息吐く。

『でも・・・、やっぱり俺は、お前には嫌われたくは無いんだ。決心したつもりだったのに・・・――。
・・・どうしてだろうな?『お前に、嫌われてもしょうがない』ってさえ思っていたのに・・・・・。
俺はお前を守るために、お前の側に居た・・・ハズだった・・・・・。
けど、それは違ってたんだ。いつの間にか、俺がお前に救いを求めていたのかもしれない』

エンティルは金の眼を閉じ、脳裏に<主>である白いドレスを着て微笑む少女を思い描き、想いを繋ぎ出す。


どうして・・・望んでしまったんだろう。
そんなのは、全然わからない。わからないことだらけだ。

俺は自身の救いなんて、欲しくなんて無かったのに、どうして望んでしまったんだろう・・・・・。
お前を救いたい一心だったのに、お前と共にあるのが俺の救いになっていた。

・・・・結局、<守りたい>だの<救いたい>だの理由を付けて、願ってしまったんだ。求めていた。

お前の役に立ちたかった。
お前の役に立てたのなら、こんなにも<うれしい>ことは無いと思う。

何もかも失った俺にとって、自我を取り戻せたのも、欠けながらも心を取り戻せたのも、お前が居たから・・・。

希望なんだ。
お前は光だ。

お前は<光>で、俺が<闇>。

闇を照らす光。
お前に照らされて、俺は闇から光へとなっていける。

失いたくない。

あの日交わした『守る』と言う約束。

例え、今度こそ俺自身がどうなっても、必ず果たしてみせる。



『だから・・・、せめて信じてくれ。
他の何が信じられなくとも、信用できなくても、・・・俺だけは信じて・・・・・』


その言葉に、想いに・・・・・・。
リナリーは自然と涙を流した。

他にも、涙する団員達がいた。
残りの者達は涙は出さなくも、皆が哀れみ切なげな表情を浮かべていた。

「・・・・・俺はお前を、約束を・・・守る為なら、・・・・消えて無くなってしまっても・・・いいから・・・・・・」

やっと知ることが出来た、エンティルの本心。想い。気持ち。

彼はあまりにも・・・、悲しく、切なく、哀し過ぎる存在だった・・・・・。

聞き終え、エンティルを静めたからだろうか。
<主>の姿をした光は、元のイノセンスである結晶へと戻っていた。

それを目撃したエンティルは、残念そうに眼を閉じる。

そのまま彼は力尽き、崖の底へと巨大な体は落ちていった。









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