第十夜 本性




キィィ・・・。

ある人物の部屋のドアが静かに音出して開いた。

「あら、断りもノックも無しにレディの部屋に入るのは失礼じゃなくて?」

入ってきたのが誰だかわかっているから、部屋の主であるシリアは背を向けて振り返ることなく声をかけた。

「アセリス」

彼の声はいつもの淡々としたものではなかった。珍しく、いかにも不機嫌そうな声。

「お前だろう、あの助手に吹き込んだのは」

「何故そう思うの?」

「今身近で、あそこまで俺達のことを知っているのは、お前だけだ」

「ふふっ」

シリアは楽しそうに笑う。

「お前がココで何をしようがどうでも良かった。だから俺は何もしなかった、何も言わなかった。
―――が、俺を怒らせたなら別だ。タダじゃおかないぞ」

「そんなこと言ってられるの?エンティル」

そこでシリアはやっと振り返り、彼・エンティルを真正面から見た。

・・・・・彼の眼は、狂気の眼だった。

(うまくやってくれたようね、あの娘)

エンティルの眼に、シリアは満足そうにに口元を上げニヤリと笑う。

「さぁーてとエンティル、お芝居はここで終わりにしましょう」

シリアの目が怪しく光る。

「私達の力で、人間達に思い知らせてやりましょうッ!!!」

瞬時にエンティルは腕を引き殴る体勢に構えてシリアに跳びかかる。

だが拳がシリアに届く前に、エンティルは彼女の能力に掛かってしまった。





第十夜 本性





「リナリー・・・、大丈夫かい?」

肩を抱きながらコムイが労わりの声をかける。

リナリーは耐えるように両手を握り締め、ずっとうつむいてまま、今だ目には涙が滲んでいた。

「なんて奴だ・・・」

「見たろ、あの眼・・・まるで狂ってたようだぞ」

「やっぱりアイツ、危険なんじゃないか?」

周りからエンティルへの怒りの意見が聞こえてくる。

エンティルは、それこそ思考や感覚がかなりズレているが悪気は無い、悪い人物ではない。
それは少し一緒に居ればわかることだ、がしかしケガが無かったにしろ彼はリナリーに乱暴した。

リナリーに乱暴したことで、エンティルは憎まれるほどの怒りを買った。
彼女はそれだけ教団の人々に愛されていると言うことだろう。

「室長、このままエンティルを放置しておくのは・・・」

リーバーが最後まで言う前に、承知の意味でコムイは頷いて見せた。

「ちょーと待つさ」

「ラビ?」

待ったを掛けたのはラビだった。

「すっかりエンティルは悪役さね。ぜぇーんぶ悪いみたいに言われて」

「悪役も何も、あいつが悪いだろ」

「確かにヤバイほどキレちまったみてーだけど、エンティルのセリフ聞いた限り、火を点けたのはリナリーじゃねぇの?」

リナリーは目を見開いてラビを見る。他の者達も同じだった。

「リナリーが悪いと?」

「そうは言ってないって。でも、皆してリナリーに対して感傷的になり過ぎてる気もすんだよ。
―――エンティルのこと良く知んねーけど、・・・たださ、誰でも心には闇を持ってるだろ。
リナリーは、エンティルの闇に触れちまったんじゃないんか?」

「触れられたくない・・・闇・・・・・・」

呟くリナリー。

「誰だって、大切な人を<酷い人>呼ばわりされたら許せんさ。
コムイだってリナリーのこと<酷い人>呼ばわりされたら怒るっしょ」

「それは、まあ・・・。だが・・・―――」

「きっとあんだけキレるんだから、それだけ大切だったんじゃないんか?
どういう経緯かなのも知らんけど、その人は今は居ない。
大切な人に会いたい想いが募っていたら?大切な人を恋しがっていたら?
そんときに、<酷い人>呼ばわりされたら・・・・・・」

ラビの意見に、それぞれが思い直す。

「間違いなく、頭にくるな」

断言したのは神田だった。

リナリーは激しく後悔した。
エンティルが主のことを深く想っていたことを知りながら、なんてことを言ってしまったのだろう・・・。
自分だってその人のことを、<素敵な人>だと思ったのにも関わらず、どうして<酷い人>だなんて思ったりしたのだろう。

「でも・・・、アレは以上だろ?」

「ハッ、俺たちにしたら以上でもあいつにしたら普段無表情な分、こういうトコロで感情が出過ぎるのかもしれねーだろ」

馬鹿にするように神田が鼻で笑いながら言う。

「私・・・彼に謝る・・・・・」

「リナリー・・・」

「悪いのは私だわ。エンティルは悪く無い。
エンティルに心を開いて欲しいばっかりに、彼の心に無理やり上がり込もうとしたのよ・・・・・・」

ラビに真っ直ぐ向き直る。

「ありがとう、ラビ」

―――感賞されない意見を言ってくれて。重要なことを教えてくれて―――


「どういたしましてさ〜」

へらっとした笑みをラビが返した時――――。

ズドォォォオン

振動と破壊される轟音が聴こえて来たのだった。

「なんだ!?」

「まさかっ、またエンティルが暴れてるのか!?」

一同が慌てる中、リナリーの頭に狂気の眼をしたエンティルの顔が浮かび、轟音の下へと走り出した。





教団一階の中心部。

広き開けた場所のそこは、一部の壁が大きく破壊されていた。

壁の破壊時に起きた粉塵の煙が立ち込めている。
その中でうつ伏せに倒れているエンティルの姿をリナリーは見た。

「エンティル!?」

すぐさま駆け寄るとエンティルを抱き起こすが、そんなリナリーを彼は突き放した。

「俺に寄るな・・・触るな・・・!!」

「・・・エンティル?」

苦しそうな息遣い。
不安げにエンティルの顔を覗き込むと、彼は狂気の目のまま苦しんでいた。

「あ〜ら☆ホントしぶといわネ」

楽しそうな声にリナリーは振り向いた。
エンティルが声の持ち主を睨むつける。

そこいたのは―――――。

「シリア・・・」

「アセリス」

医療班のシリア・アセリスだった。

コムイやラビと神田、科学班達に「なんだ!?」「どうしたッ!?」と騒ぎを聞き付けた団員が集まって来た。

「ふふっ、エンティル苦しい?外傷での痛みは感じないなら、精神的な苦しみを味わってもらうわ」

「―――シリア!どういうこと!?」

「彼が悪いの。彼が私の誘いを断ったりするから・・・、苦しんでもらった挙句に利用することにしたのよ。
今彼が苦しんでいるのはね、私の能力のせいなの」

「シリアくん・・・キミは・・・・・」

笑顔で楽しそうなシリアにコムイが尋ねようとする。

「アセリスシリーズ、ナンバー00173」

エンティルの声が響いた。

「アイツは俺の前、試作品で創られた生体兵器だ」

衝撃の事実。
一同は目を見開いてシリアを見た。

―――彼女が、実は生体兵器?―――

「まっ、まさかそんな・・・・・」

「そうだ!入団する前に人間かの検査はちゃんとやるんだぞ!
生体兵器が団員になってるハズがないだろう!!」

「イヤ・・・そうでもない・・・・・。
検査してもエンティルは人間だった。だとしたらシリアが検査で引っかからなくても不思議じゃない」

顔を蒼白させながらのコムイの推測に、シリアは満足そうだった。

「そのと〜りィ☆どうせこれで最後なんだからネタばらしといきましょう。
―――――昔々、ある深い森に世界を護る、<神>を創り上げる為の施設がありました」

物語を話すようにシリアは語りだした。


そこではイロイロな生き物達が実験台になっていました。
結果、材料として一番優れていたのが人間でした。

拾ってきたり、無理やり連れてきたり、お金で買ったりと、優秀な材料は集められます。

そうした中、試作でアセリスシリーズと名付けられた兵器が創られました。
だがアセリスシリーズは自我が強く、うまく意志を操れなかった為に破棄されました。

200体創られましたが、みーんな見事にスクラップ。
私もまたスクラップにされましたが、ヘビのような姿を変え、微かに生命を繋ぐことが出来ました。

それから何年経ったでしょう。施設は破棄され、首謀者達は死にました。
そして私は、エンティルに会ったのです。

運命を感じました。

施設と共に封鎖され、兵器はその中に全部閉じ込められたハズですが・・・。
―――彼は失った自我を取り戻し、施設を脱走していたのでした。

私はエンティルに話を持ちかけました。
ヘビの姿で力の無い私は彼に、元に戻る力を貸して欲しいと、自分達にこんなことをした人間達に一緒に復讐しようと言いました。

しかし彼は私を相手にはしませんでした。

それから、また何年も何年も経ちました。
ある時、施設の中で力が溢れ上がり、その力で生まれた時空の歪みの中に私は落ちてしまいました。

―――そして私は時を越え、今から一年前の千年伯爵の下に流れ着いたのです。


「千年伯爵!?」

語りの中に出てきた<千年伯爵>の単語に誰ともなく声が上げられた。

「そうよ。私達は手を組んだ。私は伯爵から特殊なダークマターを貰ったわ。
ソレはアクマの中に入っているのとは違う、強力なもの。それで私はこの姿を!力を戻すことが出来たのよ!
教団に入ったのも内部を探る為の伯爵の指示。でもまさか、私が入ってすぐにエンティルが教団に来るとは思わなかったわ」

やっぱり運命なのかしらネ?とシリアは笑った。

「グッ・・・ガァッ・・・!!」

「エンティル!!」

さらに苦しみだしたエンティルに身を乗り出すリナリー。

ガアァァン

「きゃあっ!」

「リナリー!!」

苦しみをぶつけるようにエンティルが床を殴り粉砕する。
とっさにリナリーは身を引いて避け、よろけた彼女を慌ててコムイが後ろから支えた。

「ガァッ・・・ハッ!!」

狂気に狂わせた金の眼で苦しそうにもだえる。

「エンティルっ!!」

「あかんリナリー!今近づいたら危険さ!!」

「でもっ、エンティルが・・・!!」

「近づいても吹き飛ばされるぞ!」

「っ・・・エンティル!!」

エンティルの元に寄ろうとしたリナリーだがラビに腕を捕まれる。振り払おうとするが、神田にも止められてしまった。
だがしかし、苦しむエンティルを黙って見ては居られなかった。

「エンティルに何をしたの!?」

リナリーはシリアを思いっきり睨みつける。

「ふふっ、ちょっと幻影を見せてあげてるのよ。彼が何よりも恐れている幻影をね」

「それがキミの能力か?」

険しい表情のコムイが尋ねた。

「そうよ。でもね、それだけじゃないの。エンティルほどじゃないけど、私には多数の能力があるのよ。
彼は痛みを感じないから、精神的に痛めつけるしかないでしょう?
でも彼に簡単には幻影は効かない。だから精神を不安定にさせる為に、あなたに手伝ってもらったの」

「私・・・?」

「彼は、あの女をバカにされるのが一番頭にくるのよ。
エンティルは精神はギリギリだった。いつ狂ってもおかしくないほど追い詰めたれていた。
あなたは張り裂けそうな風船に針を刺してくれたの」

シリアは極上の笑みを浮かべた。

「ありがとうリナリーさん、彼にトドメをさしてくれて」

その笑みは、リナリーには何より残酷だった。

「そんな・・・私・・・・・・」

―――自分は騙されたのか。自分はなんてことをしてしまったのだろう・・・。

罪悪感の意志に悔やんでいると、シリアはエンティルの元に近づこうとしていた。
それを見て、リナリーが口を開く。

「シリア、あなたは伯爵と手を組んだと言った。つまり私達の敵なのね?」

「あらなんで私が人間の味方をしなきゃいけないの?人間は殺すために居るのよ」

「・・・そう」

イノセンス発動!!

ダークブーツ(黒の靴)の脚力で目にも留まらぬ速さで移動すると、シリアの身体を蹴り飛ばした。
吹っ飛んだシリアが音をたてて壁に激突。

「彼に近づかないで。敵なら容赦なく倒すわ」

壁の瓦礫の下で、シリアは口元にを上げた。

「イキがるんじゃないよ小娘が」

気づいたときにはシリアは懐に・・・―――。
シリアの拳が腹に入りリナリーは吹き飛ばされ壁に激突した。

「リナリー!!」

「倒す?この私を?―――私はね、そこいらのアクマとは違うのよ。アクマで言うならレベル4ってところかしら」

「!!?」

レベル4・・・・・。

だとしたら今まで戦ってきのはレベル1・2のアクマであって、レベル4なんてリナリーひとりで敵うハズが無い。

「俺達も加戦するぞ!」

「おうよ!」

神田とラビがイノセンスを発動させる。
リナリーよろよろと立ち上がるとシリアに向き直す。

ふっ・・・とシリアが笑うと、彼女の脚が黒いモノに包まれていった。
それは見たことのあるブーツになる。

「ダークブーツ(黒の靴)・・・?」

リーバーが呟く。
シリアの脚には、リナリーのイノセンス・ダークブーツ(黒の靴)が装着されたのだ。

円舞『霧香』

シリアが脚を振るうと共に竜巻が放たれる。

『ぎゃぁぁぁああぁあぁぁあああ!!!』

神田とラビは吹き飛ばされ、悲鳴を上げながらこの場に居た団員達も吹き飛ばされた。

「くっ・・・」

本物のダークブーツ(黒の靴)でリナリーは同じ技を放ち、シリアの円舞『霧香』を中和して消滅させる。

見渡せば・・・、教団内は瓦礫に崩れてしまってた。

「っ・・・おい、大丈夫か・・・!?」

「なんとか大丈夫だ・・・。皆は大丈夫か?」

リーバーが瓦礫の中から這い出ると声を上がる。
コムイも顔を出して尋ねた。

「だ、大丈夫・・・です・・・」

それぞれ瓦礫の中から団員達が這い出て来た。

「私の能力の中の一つ、コピー能力よ。
一度受けた能力を自分のモノにすることが出来るの。このイノセンス能力は貰ったわ」

脚を軽く上げてコピーしたダークブーツ(黒の靴)を見せるシリア。

「神田くん!ラビ!ヘタにイノセンスで攻撃しちゃダメだ!能力を取られる!!」

「ならどうすんだよ!」

「イノセンスなしじゃ、太刀打ち出来ないさ・・・」

構え直すふたりにコムイが忠告すると、もっともな意見が返って来た。

「太刀打ちなんてする必要ないわ。あなた達を殺すのは、エンティルですもの」

「どういうことだ!」

意味を追及するコムイに妖しく笑うと、倒れているエンティルを蹴り飛ばした。

「エンティル!!」

壁に背を叩きつけ、ずるずると座り込むエンティルにリナリーが駆け寄る。

「しっかりして・・・!」

エンティルの苦しそうな姿に、悲痛そうにリナリーが彼の肩に手を置いた。

「あなたが悪いのよエンティル。私の誘いを断るから・・・」

「最初に会った時も言っただろう・・・。俺は人間への復讐なんて興味無いだよ」

「あなたにその気は無くても手伝ってもらうわ。さぁ、さっさともう一つの姿になって暴れなさいよ!!

(もう一つの姿?)

シリアがなんのことを言っているのかわからないリナリーは、エンティルの顔を見る。
彼は顔を顰めていた。

「イヤだね。あいつの許可無しに、あの姿になることは出来ない・・・」

「許可?許可なんて得る必要ないわ。だって・・・―――――」

口元に笑みを浮かべ、残酷に響くような声で告げた。


「あの女は、死んだんですもの」


その瞬間、狂気の眼を見開いたエンティルから全てが消えた。
音も、色も、理性も・・・、全てが途絶えた。

―――同時にエンティルの身体が青黒い光に包まれる。

あまりの眩しさに身構え目を細めるリナリー。
そのままエンティルは光の塊になって天井を突き抜け、教団の外へと飛び出して行ってしっまた。

「エンティル!?」

ダークブーツ(黒の靴)で彼が空けた穴から後を追う。

教団の外に出てリナリーが見たのは・・・・・・・。

「・・・・・エンティル?」

目を疑うかのような、人とはかけ離れた姿に変化したエンティルだった――――――。









  NEXT