第一夜 堕天使




これは私が15の時の話・・・・・。

私はとても変わった人に<特別な感情>を持ちました。

もちろん兄さんには言ったことはないの。
だって言ったら大変なことになるだろうから。

私はこの人に<恋>をしたなんて・・・。
言いたくても、誰にも絶対に言えない!

その人はとても変わった人で、どんな風に変わっているかと言うと・・・とにかくズレてる
感じ方も、考え方も人とも違っていて、他人と係わり合おうとしないというのとは違うし、放任主義というのとも違うけど、常に第三者のように物事を見ている人。

本当に変わった人。
こんな人に恋をしてしまうなんて・・・。
恋は理屈じゃないって言うけど本当ね。私はスゴクこの人が好きなの。誰が何と言おうと好きになの。
もうどうしようもない感情、好きになってしまったんだもの・・・。

人はこの恋を<物好き>と言うかもしれない。
でもね・・・私は思うの・・・・・。
この人は、本当にかわいそうな人だって。だって・・・彼の眼には何も宿っていないんだ・・・・・。

彼を現すんだったら『無』。この人は何も持たない『無』なの・・・。

でもね、無である彼に何かが宿った時の表情。それが<彼>と言う存在を何処までも私に焼き付けた。

彼だって優しい顔や、穏やかな顔が出来るのよ。

―――本当にかわいそうな人。
何もかも失ってしまった『無』の人。
そのせいもあってズレた思考を持った人。
冗談に思えない冗談を言う人。
第三者で人を見て自分が感じたまま、考えたままを口にする人。

そんな彼を・・・、私は愛してしまったの・・・・・・。





第一夜 堕天使





エクソシスト兼室長助手であるリナリー・リーは資料の束を両手で抱え、今日も室長である兄の手伝いをしていた。

科学班の仕事場に入ると、真っ先に兄のコムイ・リーの元に行き資料を渡す。

「はい、兄さん、これよろしくね」

「リナリ〜、お兄ちゃんは死にそうだよぉ〜」

コムイは半泣きになりながらハンコを押して妹に訴える。

「はいはい。コーヒー入れるからガンバッテね」

苦笑しながら兄を受け流すリナリー。
さすがに扱いに慣れていた。

ジリリリリリリ

コムイの前にある電話が鳴る。

「はいはーい、コムイでーす」

電話にコムイは手を伸ばして取った。
疲れきった表情とのん気な声で電話に出たが、突然に表情が変わった。

「うん、わかった、すぐにエクソシストを向かわせる。それまで頑張ってくれ」

「どうしたんスか?室長」

「兄さん?」

只ならぬ雰囲気をリーバーとリナリーも感じた。

「教団近くの荒野でイノセンスが発見されたがアクマに奪われかけている。レベル1が1体だけだが、
捜索部隊(ファインダー)では対抗しきれない。今教団にいるエクソシストは・・・」

記憶を巡らせながらリーバーにも確認する為に尋ねようとする。

「兄さん、私が行くわ」

リナリーが自ら申し出た。

「わかった。レベル1のアクマが1体だけだけど気をつけるんだよ、リナリー」

本来なら可愛い妹を戦場へと向かわせたくてはないだろうが、室長と言う黒の教団幹部であるコムイの立場。
心配はしても躊躇ってはいられない。
イノセンスを奪われるわけにはいかない。

「大丈夫よ。すぐに現地に向かうね。行ってきます兄さん」

花のような笑顔でリナリーが告げる。

「行ってらっしゃい、リナリー」

「気をつけろよ」

そんな彼女に、コムイもリーバーも笑顔を返した。





* * * *





草木が生えなく、硬い地面と岩だらけ。

荒野。

タリズマン(結界装置)で1体のアクマを閉じ込めて動きを封じている探索部隊(ファインダー)。
レベル1が1体だけだがタリズマン(結界装置)も一つ。

いつまでもつか分らない。
ハラハラとした気持ちで5人の捜索部隊(ファインダー)はエクソシストの到着を待っていた。

ドドドドドドドドドド

自分を閉じ込めている結界にアクマが休むことなく銃弾を打ち込む。

アクマによって長時間攻撃を受けている結界には少しずつ、少しずつヒビが入り始めていた。

「クソッ、エクソシストはまだなのかっ!?」

「私達は此処に残ってアクマを引き止める。お前たちはイノセンスを持って逃げるんだ!」

「そんな!仲間を置き去りには出来ない!!」

「イノセンスを奪われるわけにはいかないだろ!そのイノセンスを持って早く教団へ・・・!」

タリズマン(結界装置)を構えたひとりの探索部隊(ファインダー)が、
大事にイノセンスの結晶を持った仲間を説得しようとした。

バリッ

壊れて砕けていく音に、探索部隊(ファインダー)達に戦慄と嫌な汗が流れる。

ついに結界が壊れたのだ。

「「「「「―――っ!!」」」」」

アクマが捜索部隊(ファインダー)に銃口を向けた。

するとアクマの頭上に影が掛かる。
気がつき振り向くアクマのボディを蹴りが貫いた。空中で壊され爆発。

アクマを破壊したダークブーツ(黒い靴)で身軽に地面に着地したひとりのエクソシスト。

「なんとか間に合ったみたい。みんな、大丈夫?」

犠牲が出ていない様子を見た、明るい笑みのリナリーだった。

彼女はダークブーツ(黒い靴)の移動力とスピードを活かし此処まで駆けつけたのだ。

「「「「「リナリーさん!!」」」」」

探索部隊(ファインダー)から歓声が上がった。

「大丈夫です、リナリーさん!ほら、イノセンスもこのとおり無事に回収しました!」

リナリーから一番は離れた場所に居たファインダーが嬉しそうに、イノセンスをリナリーに見せようと掲げる。

「後ろ!危ないっ!!」

リナリーが声を上げた。
確認されていなかった新たなアクマがイノセンスを持っているファインダーの後ろに現れたのだ。
ダークブーツ(黒い靴)の脚力で跳びファインダーを突き飛ばす。

そのさいにファインダーの手からイノセンスが離れた。

ファインダーをとっさに突き飛ばし庇った為アクマに背を向けてしまったリナリー。

「――くっ」

体勢を戻して振り返る。

カチャ

油断した―――。
アクマの銃口がリナリーの額に突きつけられた。

このままダークブーツ(黒い靴)ならレベル1程度のアクマの銃弾が発射される前に、なんとか瞬時に避けられるだろう。
しかし避ければ後ろに居るファインダーに当たる。
手を取り共に避けたとしてもリナリーよりはどうしても遅れてしまい、銃弾に当たってしまう。

自分だけ避けることなど仲間思いのリナリーには出来ない。

(避けられない―――)

一瞬、死をも覚悟した。

ドォォンッ

乾いた空気に振動して音が響く。
しかし、それは銃声ではない。

銃弾が発射―――されるより先に黒い雷がアクマを直撃した。

アクマは灰にさえならずに消滅。
地面には先程のアクマサイズのクレーターができ、薄っすらと焦げていた。

「・・・・・・え?」

何が起きたのか理解できないリナリー。
探索部隊(ファインダー)も理解できないでいるようだ。

「今のは?リナリーさん・・・」

リナリーが助けたファインダーが起き上がり尋ねる。

「わ、わからない・・・。それより、大丈夫?ケガは?イノセンスは?」

「はい、リナリーさんのおかげで大丈夫です!――イノセンスは倒れたときに手放してしまって・・・」

ファインダーが視線を向ける先には地面に落ちたイノセンスが。

「とりあえずイノセンスを・・・」

イノセンスが落ちてる所にリナリーが駆け寄ろうとする。
すると再び黒い雷が、リナリーとイノセンスの間を妨げるように落ちた。

ドォォンッ

突然のことに目を瞑り、腕で顔を庇う。

薄っすらと目を開けると、自分の腕の間から見える・・・。
―――そこにはひとりの青年の姿。

角度によって太陽に透けて金髪にも見える、茶色い髪。
左耳にだけ赤い石が付いたピアス。端麗な顔。金の眼。
ネイビー色の上着を開けて着て、中は黒の丈長の服。下はベージュのズボン。
無表情で年は18、19くらい。

リナリーは目を見開いて、黒い雷と共に現れた彼に釘付けになった。

(キレイな男の人・・・・・)

それが彼を見た最初の感想だった。
思わず頬を染めぽーっとしてしまう。

だがすぐに彼の眼が、リナリーの脳裏と心に強く焼きついた。

・・・どうして?
どうして・・・そんな眼をしてるの?


――――彼の金の眼には、何も宿ってはいない。
綺麗だが、何も感じない、感じさせない眼だった。

この眼に似たものを、自分は知っている。

過去。
教団に無理やり連れて来られ、触れてしまった時の自分の目。咎落ちにされてしまう前の、あの子の目。
―――あの目と近くも遠く、似ていて、全然違う眼――。

そんなトラウマの過去を持つリナリーにとって、彼の眼が与えた衝撃は大きかった。
どうして彼は、こんな眼をするようになってしまったのだろうか。

彼に酷く興味を持ち、気になって仕方がなくなっていった。

青年が己の後ろにあるイノセンスを拾い上げるところで、リナリーは我に返った。

「えっと、それ・・・」

なんて声をかけたら良いのか、今ひとつ分らない。

リナリーの方に青年が振り返る。
そして構わず、持っていたイノセンスを自分の胸に押し付けると―――。

「「「「「「!?」」」」」」

リナリー、探索部隊(ファインダー)達は目の前の光景に驚く。

イノセンスが青年の体の中に溶け込むように、スゥっと入って行ってしまったのだ。

「これで3つ目・・・」

呟きながら青年は口元を緩めた。表情と言うには、足りないが。

「あ、貴方は・・・――」

「来る」

何かを尋ねようとしたリナリーの言葉を遮り、青年は一方向の空を見上げて一言。

リナリー達も彼と同じ方向を見る。

黒い雲の塊がこっちに向かって来る。―――違う、近づいて来るにつれてアレは雲ではなのが分る。
アクマの集団だ。アクマの集団がこっちに向かって飛んで来るのだ。その数は半端じゃない。

リナリーは焦る。
この場にいるエクソシストは自分ひとり。自分ひとりだけであの数のアクマを相手になど、普通に考えて出来ない。
しかし、やらなければ。殺られる訳にはいかない。

ダークブーツ(黒い靴)の先で地を踏み直し、いつでも攻撃できるように身構える。

「厄介だな。まだ慣れてないのに」

視線をアクマの集団に向けたまま、青年は独り言を言う。
焦る素振りなど見せない。こんな時まで無表情な為、冷静にも余裕にも見える。

実際にも、冷静で余裕なのだ。

集団から、スピードの速いアクマの1体が突っ込んで来た。

「やっと見つけたぞォ!!テメエ邪魔なんだよッ!!とっとと死にやがれエンティルッ!!!!」

叫び向かってくるアクマ。

青年がアクマに向かって手を伸ばすのを見たリナリーは、近づいて来る敵に立ち向かおうとした動きを止める。

「ダークネスサンダー」

そう呟くと、青年の手の先にいたアクマが黒い雷に撃たれ、跡形も無く消し飛ぶ。

リナリーも探索部隊(ファインダー)もア然とした。
そしてさらに驚きは続く。

青年の背中から青黒い光が生える。
光は天使のような大きな、ダークブルーの翼になったのだ。

まるで―――。

「堕天使・・・・・・」

呟くリナリー。
誰もがその姿を見たら、そう思ってしまうだろう。

堕天使となった青年は、翼を広げると空へと飛び、アクマの集団の前を阻む。

翼を大きく羽ばたくと、翼から羽が抜け飛び、アクマの集団へとダークブルーの鋭い刃物になって向かって行った。
空気を裂き飛ぶダークブルーの刃物は、アクマどものボディを貫き切り裂いた。
爆発するアクマに構うことなく、動けるアクマどもは堕天使の青年に束になって掴みかかる。

「危ないっ!」

危機に、今度こそリナリーが攻撃を仕掛けようとするが、また青年は無表情で今度は手を上に上げ―――。

「雷召結滅陣」

振り下ろすと同時に、飛んでいる堕天使の青年を中心に黒い雷が落ち円状に広がる。

ブオォォォォォンッ

力が振動し広がる轟音。
周囲に集まって居た全アクマは、黒い雷の光に飲み込まれ消え去っていった。

『・・・・・・・・・・・・』

静寂が訪れる。

風の音が良く聞こえた。

・・・あっという間だ。あっという間にアクマの集団は、ひとりの青年によって全滅させられた。1分も経っていない。
―――――この、堕天使に・・・。

青年は地面に身軽に軽く着地すると、ダークブルーの翼が青黒く光り、生えてきた時とは逆のようにに引っ込んでいった。

「貴方は・・・いったい・・・・・」

リナリーが尋ねながら彼の側に寄ろうと、一歩前に出ると同時だった。
切り裂かれたが完全に破壊されなかったアクマが、飛び出したのは。

「テメエも道連れだ」

ズタボロのアクマが青年に組み付く。
アクマの行動に、青年の眼が微かに見開いた。

目の前で、ドガァァァンという爆発音。アクマの自爆。

リナリーの全身から血の気が引いた。

目の前で起きた、組み付かれた青年が爆発に飲まれ、爆炎に巻かれ吹き飛ばされる瞬間。

「あ、あ・・・ああ・・・・・」

嗚咽に近い声が口から漏れる。
頭を押さえ、目に涙が溜まり、身体が震え崩れるを必死で堪えた。

爆煙が風に流されると、そこに見えたのは、地面に仰向けに倒れる青年の姿。
眼は閉じられ、服はボロボロ、出血、爆炎と爆風による酷い火傷と打撲傷が素人でも一目で判る。

差ほど距離がないにも関わらず、リナリーはダークブーツ(黒い靴)で青年の側により、地面に膝をつき彼を身近で見る。

(死んでる・・・?)

ぴくりとも動かない青年。生命を感じさせなかった。

「どうして・・・死・・・んでしまったの?わ、私は・・・私は貴方と・・・は、話したかった・・・のに・・・・・。
いや・・・、イヤぁ・・・、イヤァァァァァァァァ!!!!

座り込み、両手で顔を押さえ悲鳴を上げた。容赦なく目から涙が流れる。

「リナリーさん!」

探索部隊(ファインダー)が駆け寄る。

「リナリーさん、落ち着いてください!!」

「しっかりして!」

ファインダーが彼女の肩を揺する。
他の探索部隊(ファインダー)もなんとか彼女を静めようとした。

混乱の中、冷静なファインダーが、青年の様子を観察していた。

「リナリーさん!彼は生きています!!」

その言葉に、リナリーは涙で濡れた顔を上げる。
腰を上げ、彼の様子を良く見る。

服が破れて露になった胸元が、―――微かに動いていた。

「死なないで!!死なないで!!お願い!!死なないでっ!!!」

青年に無我夢中で泣き叫んだ。

死なせてはいけない、彼を―――。

私は貴方と話したい。どうしてそんな眼をしているのか訊きたい。
・・・・・貴方のことが知りたい。

だから、死なないで―――。

「あの状態で・・・、アクマの自爆をモロに食らったのに生きてるなんて・・・。・・・奇跡だ」

「普通、上半身が吹き飛んでるぞ」

「まだ間に合うかもしれいない。すぐに応急処置をしよう!」

「ここから一番近い病院は!?」

「近くに村があるが、村の病院の設備で助かるか・・・?」

「・・・教団に、連れて行きましょう」

冷静を取り戻したリナリーが呟いた。

「ここからなら、下手に設備のない病院に運ぶより、最新の設備がある教団に連れて行った方がいいわ」

勢い良く探索部隊(ファインダー)に振り返るリナリー。

「皆は処置をお願い!私は教団に連絡するから!」

「「「「「はい!」」」」」

指示に従う探索部隊(ファインダー)。

探索部隊(ファインダー)が連絡用に持っていた、背負い式の電話で、リナリーは黒の教団に連絡を入れる。

お願い、死なないで。
――――何も宿っていない眼をした、堕天使。

リナリーは祈り願った。








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