第5夜 存在





それは僕がマナをアクマにし、破壊してしまった日のこと。

そして僕がと出逢った日のこと。

あの後・・・僕はに手を引かれ、と師匠の仮住まいへと連れてこられた。

いや、言い方が間違っている。

正確には、僕がの手を離さなかったんだ。僕が仮住まいへと付いて来たんだ。
と握った手を離したくなかった。と離れたくなかったから・・・。

決して大きくはない仮住まいに付くとが、「疲れてるでしょう?もう寝ようか」と優しく微笑んで言ってくれた。

ベットが離れて二つある部屋に通された。
窓際のベットを使うように言われて、僕は大人しくベットを上に乗った。

は、着替えてくると言って別の部屋に消えた。
師匠は仮住まいに着いてから姿が見えない。

一人残された部屋、ベットの上で窓から空を見上げる。

暗闇の中から現れ落ちてくる白い雪。

見上げた夜空は無償に虚しくて、哀しい気持ちにさせた。

「・・・マナ・・・・・」

失ってしまった、大切な人のに名前を口にする。

返事があるはずが無い。戻ってくるはずが無い。
それでも、その名を呟いてしまう。

・・・余計に虚しくて哀しい気持ちになるだけなのに・・・・・。

忘れられない。忘れられるはずが無い。
――だからこんなにも苦しくて辛いんだ・・・。

僕の眼はまだ虚ろだろう。

言葉では表すことの出来ないモヤモヤとしたものが僕の中に溜まっていた。

「眠れない?」

ビクッと背後から掛けられた涼やかな声に反応する。

振り返ると裾の長いシャツのような寝巻きを着たがいた。首には銀の十字架のペンダント。
裾の長さが膝上まであるがその下、白くすらりとした脚が出ていた。寒くないのかな・・・?
(後から訊いたら、寒いけどこの格好が一番寝やすいそうだ)

は僕がいるベットに座った。僕も彼女の隣に座り直す。

「少しは、眠らないとダメだよ」

そう言って、優しく綺麗な微笑を浮かべ僕の白くなった髪を優しく撫でる。
そんな彼女に思わず見惚れてしまう。

は優しくて暖かい。

マナに似ていてマナとは違う優しさと暖かさ。
母親という者が僕にはいなかったけど、おそらくこんな感じなんだろうと・・・ぼんやり思った。

歳がいくつか知らないけど・・・年齢からして母のような姉と言った方が適切だろう。

それに・・・本当に綺麗だ。
彼女を初めて見たとき僕は一瞬、が女神に見えた。

「泣きたいなら、泣きたいだけ泣いていいよ・・・」

「・・・!?」

突然とも言えるの言葉にびっくりする。
驚きながら僕は彼女を見詰めた。

「決して、泣くことは弱いことではないよ。・・・泣けるなのなら泣いたほうがいい・・・。
人はね、泣くことによって・・・涙で、辛さや苦しさ、痛さや悔しさを洗い流すこともできるから。
泣いて、洗い流して、また立ち上がれる。自分を強く、新しくも変えられる」

一瞬だけ表情は哀しげなものになる。

「・・・世の中には・・・泣きたくても、泣けいない人もいるけど・・・・」

――だけど、すぐに表情は戻った。

は優しく僕を抱き寄せる。

「キミは泣けるんでしょう?」

僕の顔を覗き込むように向けられた、慈愛に満ち溢れた美しい微笑み。
優しい眼差しの・・・透き通った宝石のような紅い瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だった。

その瞬間、今まで僕の中で張り詰めていた何かが切れた。

「―――ぅっ、うわあぁぁあぁぁぁぁ!!!!マナっ!!マナーー!!!」

溜まっていたものが一気に塞き止めなく溢れ出す。

僕はの膝にすがり付きながら・・・これでもかと言うほど泣いた。
そんな泣き叫ぶ僕の頭や背中をは優しく撫でながら、静かに歌を唄いだす。


  愛していた 愛していた

  アナタを誰よりも愛していた

  何があっても永遠を 共に過ごしたかった

  アナタへの想いの前に悲しさで負けてしまう

  叶うのならと縋ってしまった それが罪
   

  泣かないで 泣かないで
 
  アナタを誰より傷つけたことに  

  悲しき嘆きが続くなら 哀しみは終わらない

  アナタの悲しみが更なる悲しみに繋がってしまう

  責めないで傷つかないこと それが救い


  懺悔の叫びは届いたから

  アナタの悲しき罪を今許そう

  許されることが 救いとなるのなら  


心に染み込んでくる美しい歌。
なんて綺麗な歌なんだろう。

―――この歌は僕とマナのこと唄っているように聴こえる・・・。

今は・・・この今だけは・・・・・、何もかも、すべてが許され救われた・・・安らかな気がした。



僕は疲れきるほど泣いた。

「――・・・もう入ってきたら?」

そうがドアに向かって言うと、ドアの向こうから師匠が入ってきた。
師匠の帽子の上に乗っていたティムキャンピーは部屋に入るとこっちに飛んで来て、僕とは反対のの隣に乗ると
甘えるように彼女に体をすり寄せた。

「寝たのか?」

「うん・・・。泣き疲れたみたい。・・・それにしても、なんで部屋に入ってこなかったの?」

「気を遣ってやったんだろーが」

「うわっ、クロスに気を遣うなんてこと出来たんだ」

「イヤミか?」

「うん」

そんなコトを言われてもあの師匠が何もしないのは、それがいつもの二人のやり取りだからだ。

「どうだ?そいつは強いエクソシストになるか?」

「それは、アナタの役目でしょう?クロス師匠」

は、師匠に向かって不適に笑った。

「そいつを見たお前の感想を訊いてるんだよ」

「―――う〜ん、どうだろう・・・。強くなるかは、この子しだいかな・・・。でもこの子は優しい子だと思うよ」

「優しさは時に甘さになる」

「でも優しさは時に<強さ>にもなる」

は、また優しく僕の髪を撫で始める。

「修業と称してイジメないで下さいね、私の弟弟子」

「虐めじゃないだろう。れっきとした修業だ、修業」

「そのアナタの修業は人情がない―――いやいや、尋常じゃないですから・・・ 」

「言い直すな。・・・お前は全部一ヶ月でクリアしただろ」

「私とこの子は違うでしょう。―――とにかく頼みますよ、師匠」

は僕の赤く醜い手を見る。

「多分この子はこの手もせいで、辛い思いをたくさんしたんだろうね・・・」

正直、この手は好きじゃなかった。実の親に捨てられ、育て親であるマナを壊したこの醜く赤い手。
・・・にジッと見られたく無かった。

「けれど・・・嫌いにならないで欲しいな、この手」

僕の気持ちはには見通されてるみたいだった。

「この神が宿る赤い手は・・・きっと誰かを助け、誰かを救うことのできる手。
――皮肉かもしれないけど、この手で救ったんだ一番最初に大切な人を・・・、解放してあげたんだ・・・・・」


赤い醜い手に触れる。

「嫌いにならないで欲しいな、この手。誰かを助け、誰かを救うことのできる手。私は好きだよ」

―――この手を・・・<好き>だと・・・言ってくれる人が居るなんて・・・思いもしなかった・・・・。

「大事なのはこれからだよ」

そう言って、は邪魔にならないように片耳に髪を掛けながら、僕の赤い手の十字架に――――。
優しく、柔らかな桜色の唇を落とした。
 
僕はほんのり赤くなり、師匠は眉間に皺を寄せた。





マナが死んでからは・・・食事もせず、眠ることすら出来なかった。
――のに・・・、気が付いたら僕は気持ち良く眠っていた。

目が覚めるとそのままの状態で、毛布が掛けられていた。

真っ先に視界に入ってきたのはの顔で、「おはよう。良く眠れた?」と笑顔で言ってくれた。

赤くなって僕が頷いたのは言うまでもない。

僕はの膝を枕にして寝て、はベットに座ったまま毛布を羽織って眠ったらしい。
寝ずらかっただろうに、悪いことをしたと思う。

師匠はもう一つのベットで普通に寝たらしい。もういなかったけど。

ティムキャンピーは相変わらずの隣で体を寄せていた。

そのまま起きて、と顔を洗って、
彼女が着替えてる間に小さなリビング(?)に行くと、イスに座って煙草を吸っている師匠が居て――――睨まれた

師匠は僕がほんのり赤くなったのに気づいていたんだろう、師匠に睨まれた。

―――――そしての言う通り、僕は師匠の下で人情尋常もないエクソシストの修業が始まった。





第5夜 存在





今日は晴天。爽やかな風が吹く。

例え大雨だろうが強風だろうが。
大氷雪だろうが、天変地異が起ころうが。――――僕の日常は変わらないけど。

地面に手をつき、肩でしている荒い息を整える。
もう体力の限界だ。

師匠の下でエクソシストの修行の日々。

ハッキリ言ってコレはエクソシストの修行とは関係ないんじゃ・・・?
――っと思わずにはいられないこともイロイロさせられてきた・・・・・・(泣)。

「――――良し。今日はここまでだ」

僕は師匠の言葉を訊いて、やったぁ・・・と顔を上げた。

すると師匠の帽子の上に乗っていたティムキャンピーは、待ってました!っと言わんばかりに一直線に飛んで行く。

「あっ!ずるいぞティムキャンピー!」

先を越された僕は疲れきっていたのも忘れ、すぐにティムキャンピーの後を全速力で追いかけた。

そんな僕を見て―――。

「・・・あれだけ元気があるなら、まだ平気だな」

師匠が不吉に目を光らせていた。





修業が終わると、いつも争うように僕とティムキャンピーは仮住まいに戻った。

理由はひとつ。

―――――が待っているから・・・。

ティムキャンピーはが大好きで、とても懐いて甘えて彼女の言うことなら素直に訊いていた。
・・・僕にとっても、は・・・大事な人。

すごく不思議な人。

僕が辛い時・・・優しく支えて諭してくれて、時には叱ってくれる人・・・。
僕にとってはまるで母親みたいな姉のようだ。

・・・そして、は師匠のお気に入り――――。

何があっても師匠はに迫る素振り(本気かどうかはわからないけど)を見せても手は出さない。
その前にが反撃する。あの師匠に・・・ホントにスゴイ!・・・!!(感動)

も何だかんだ言っても師匠を慕っていて・・・、師匠には特別な表情を見せる・・・。

―――それが少し悔しい。

だから辛い修業から帰った時ぐらいは真っ先にの元に戻って、あの笑顔で最初に迎えて欲しかった。

ズドォォォン

爆発音と土煙。

仮住まいに戻る途中、近くの路地裏でそれは起こった。
ティムキャンピーは土煙の方へ飛んで行く。

(まさか・・・っ!!)

のことを思い出し僕は焦って問題の路地裏に走った。

は千年伯爵に狙われている。

それは師匠とが僕に話してくれたコトだ。

なぜ狙われているのかは本人も師匠も分らないらしい。
ただは、師匠と出会う前の記憶がない、例外としか言えない特殊な対アクマ武器。
さらに普通の人には無い<不思議な力>を持っている。

そこに狙われている理由があると、師匠は考えているようだ。

(まさかアクマがを・・・っ!?)

わざわざ探し出そうとはしないが見つけたなら捕らえる。
アクマの今までの行動から、そう伯爵に命令されているようだった。

ッ!!」

僕は土煙で視界が見ない路地裏に着くと彼女の名を呼んだ。

「あ、アレン、今日の修行終わったの?お疲れ〜」

土煙が晴れると、無邪気な笑顔でのん気にヒラヒラと僕に手を振るが現れた。
は母親みたいな姉のようだけど、普段の無邪気さから実はたいして
僕と歳が変わらないんじゃないかと思ってしまう。

周りには破壊されたアクマの残骸。

!大丈夫!?ケガはない!?」

「あはは、ケガなんて無いよ。ほら、返り血ひとつ無いんだから」

僕の目の前で華麗にくるんと回って見せた。

「良かった、無事で・・・」

「当たり前だろうが馬鹿弟子。―――は俺の右腕だぞ。お前とはデキが違うのだ阿呆」

ホっ・・・としていると、いつの間に来たのか背後からの声に僕はビクッと振り返る。

「クロス!」

僕の横を通り抜け師匠の側へは寄った。

「お疲れさま。私の方は言われた通り町を一回りして、アクマを破壊したよ。これがジャスト」

「そうか、良くやった」

師匠を見て輝くような笑顔で報告する
そんなに師匠も顔を緩ませ、優しくの髪を撫でる。

どうやらは師匠に命じられて町のアクマを探して破壊していたらしい。
彼女ならアクマを見つけやすい。

<不思議な力>―――にはアクマの魂が見え、アクマの魂の声が聴こえる。
僕のように呪われているワケではないのに。
だから僕の気持ちが良く判ると、初め僕が呪いに苦しみ戸惑っている時も、苦しみを理解して分かち合ってくれた。

師匠に撫でられ、照れながらも嬉しそうな笑みをは浮かべている。

そうだ・・・こんな輝くような笑顔も、照れた嬉しそうな笑みも、は師匠にしか向けない・・・。

―――――僕にも、向けてくれたことはない。
その事実が酷く寂しかった。

「――――ねぇクロス、私が見てないからって、アレンにまた酷いコトしなかった?」

「何だ、急に・・・」

「アレンがボロボロ」

「修業でだ」

の師匠を半眼で見る。

「また無茶なコトさせたんだ・・・」

「お前の時に比べたら、アレぐらいどうってことはないだろ」

「修業時代、私は死ぬ気で切り抜けたんだよ!私を標準にするなっ!アレンが死ぬ!!」

師匠に僕の為に講義してくれる

そう、は師匠の弟子で、僕の姉弟子だ。

しかし彼女は師匠を『師匠』と呼ぶのも敬語も滅多に使わない。『クロス』と呼んでタメ口。

一人前のエクソシストとして名乗ることを師匠に許されたながらも黒の教団には行かず、
対等な立場で師匠の右腕としてココに居るからだ。

彼女は弟子になって一ヶ月で修業は終了させた、天性の天才で優秀。

教団に行かない理由は知っているが、単に師匠が手放したくないんだと思う。
(おかげで僕もと一緒に居られるんだけど)

(でも今の、僕の修業よりも辛いの修業時代って・・・(汗))

そんなことを考えていた僕に、師匠はとんでもないことを言い出す。

「―――大丈夫だ。修業が終わった後、跳んで帰るアレだけの元気があれば、
もっと修業の量を増やしても平気だ、なぁ?」

「え゛・・・?」


脅しにも近い威圧で、眼を底光りさせながら僕を師匠は見下ろす。

(嫌な予感が・・・・・・(汗))

「明日から修業の量は倍だ馬鹿弟子」

「「えぇーーーー!!!」」

僕だけじゃなくまで声を上げた。

「お前はアレンを殺す気かぁーー!!(怒)」

「お前は生きてココに居るだろーが」

「だから私を基準にするなーっ!!」

僕はその光景を見てるしかなかった。

・・・ふたりのエンドレスなやり取りは続く・・・・・。





* * * *





は僕と一緒にいた。

――――僕と
ソレが当たり前だと思っていた。一緒にいることが当たり前だと。

でも時々、僕は酷く怖くなる・・・。

夜、良くは月を見つめる。

憂いに満ちた紅い瞳。
・・・いったい何を想っているんだろう?

月を見つめる彼女は何て・・・儚く、美しいんだろ。

でもその存在が儚すぎて、今にも崩れてしまいそうに脆そうで、幻じゃないのかと思ってしまうほど・・・。
はソコに居るのに・・・ソコに居ないような気がして・・・・・。
僕には手の届かない、遠くて、尊い距離を感じる・・・・・。

怖い―――――。

がこのまま消えてしまうのが。
消えなくても何処かに行ってしまいそうで。

けれどその不安は、所詮僕の思い過ごしだと思っていたんだ。

だから思いもしなかったんだ。
―――思いたくなかったんだ。

突然との別れの日が、本当に来るなんて・・・・・・。









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