第3夜 エクソシスト
私には記憶がない。
――――けど、知識があった。
普通の者が知るはずのない知識が・・・・・。
<AKUMA>・・・。
『機械』と『魂』と『悲劇』を材料に造られる、死者の魂と機械を融合した生きた悪性兵器。
<千年伯爵>・・・。
世界を終焉に導くシナリオを演じるAKUMAの製造者。
<イノセンス>・・・。
対アクマ武器となる『神の結晶』と呼ばれる不思議な力を帯びた物質。
<黒の教団>・・・。
石箱のメッセージに従いヴァチカンが設立したエクソシスト総本部。
<エクソシスト>・・・。
対アクマ武器を発動し、AKUMAを破壊する黒の聖職者。
そしてイノセンスを持ち適合者だった私は、エクソシストとなった。
その為の技術も私にはあった。
普通の者が身についているはずのない技術が・・・・。
――――私は、神に魅入られた者。
私は闇より現る禍禍しきものを葬りし者。
私は道を見つけた、エクソシストと言う道を―――――。
この始めから持っていたイノセンスが私の道標。
進もう・・・この道を・・・・、私に隠された真実と失われた記憶を得るために。
第3夜 エクソシスト
雪が振りだした街を歩く一人の若い娘がいた。
白いシャツに赤いリボンタイ、茶色のブレザーとロングスカートとブーツという服装。
銀の十字架のペンダントが首から掛けられていた。
冷たい風が吹き、美しい長い漆黒の髪がなびく。
彼女は美しく、綺麗だった。
歩く彼女の後をつけるかのように、数人が気づかれないように距離を取りつつ後ろを歩く。
容姿の良さが人目を引くが、
さすがに今日来たばかりの街でストーカーされるほどでは・・・多分ない。(←実際何度かあった)
それなのに、彼女は人目がない裏路地の奥へどんどん歩いていく。
「・・・コノ先ハ行キ止マリダ」
「追イ込ンダ」
「セッカク、見ツケタンダ」
「捕マエルゾ」
「逃ガスナ」
「見ツケタカラニハ・・・」
後をつけている数人がボソボソと小声で会話をし、先が行き止まりになっている角を彼女が曲がると、
バッと出てきて道を塞ぐ。
『――――――ッ!!?』
――が、行き止まりの壁と自分達との間にいるはずの彼女はそこにいなかった。
「追い込んだと思った?」
自分達の後ろからの涼やかな声に全員勢い良く振り返る。
「多少なら距離を空けても無駄だよ。私には、アナタたちの魂の泣き声が聴こえるんだから」
いつの間にどうやって回り込んだのか・・・彼女は後ろに立っていた。
「存在に気づいていても人ごみの中にいられて、特定がしずらかったけど・・・こうやって見れば判るよ」
逆に追い込まれた街の住人らしき数人を見据える。
「私には、アクマの魂も見えるからね」
その言葉を聞くと、今まで人の姿をしていた数人が人間ではないものに姿を変える。
アクマの本来の姿に・・・・・。
「ココなら人を気にせずに、存分に暴れられる・・・・・・」
銀の十字架のペンダントを、両手で祈るように握り締める。
「罪深きアクマに、神の裁きを」
強い輝きを秘めた・・・鮮やかな紅い瞳を細め、不適な笑みを浮かべた。
* * * *
「?」
仮住まいに戻ってきたクロスは、此処でティムキャンピーと留守番をしている筈の少女を呼んだ。
「居ないのか、?ティムキャンピー?」
部屋を見渡すが、少女の姿も自分のゴーレムの姿もない。
「――たく、どこに行った・・・?」
夜になり雪も降っている。
さすがに黙っていなくなられると心配してしまう。
「ここだよ」
聴きなれた声が外から聞こえ、クロスはドアから外に出る。
「クロス」
声がした方を見ると、屋根の上でティムキャンピーを抱きながら膝の上に乗せているがいた。
「そんなところで何をやってる?今日は雪が降ってるから月は見えないぞ」
月が好きなのか、何か他に理由があるのか・・・、良く何かと月を見ている。
雪が降れば空に雲が掛かる。当然雲で隠れて月など出ている筈がない。
「わかってるよ。・・・今日は雪を見てたんだ。あの時もこんな感じで雪が降ってたな・・・って思って」
そう言ってはにっこりと笑った。
あの時とはクロスとが出逢ったときのことである。
私がクロス・マリアン神父と出逢ってから1年が経った。
不思議な事に実際はもっと長い時間が経っているような気がする。
自分でも驚くほどに、私はこの人に懐いていた。
<AKUMA>という名称された兵器を破壊すること・・・・・。
それがこの人が私に与えてくれた、今の私がすべきことだ。
そして・・・今この人の側が、私の戻るべき場所だった。
この人は私にいろいろなコトを教えてくれた。話してくれた。
懐かしい夢を見るが・・・目覚めると忘れてしまい、相変わらず記憶は戻らない。
時折、虚しさと不安が私を支配するが基本的にこの人と居ればそんなコトはなかった。
妙な安心感と懐かしさが親しみを感じさせたのもそうだが、なんせこの人とのハードな生活にソレを感じる余裕は
本当に時折しかなかった・・・!
この人は神父じゃない!聖職者じゃない!
どこにも<聖>なんて普段のこの人には当てはまらない!
むしろ<魔>か<邪>だ!!(まぁ、アクマを破壊しているときは別だけど・・・・・・)
びっくりしたことに、この人は<元師>で黒の教団の中では上の方の地位にいる人物らしい。
それを知ったとき私は・・・黒の教団という組織を疑った。
どれだけ変、または腐った組織なのかと・・・・・!(まぁ、強いのは認めるけど・・・・・)
元師は黒の教団のボスである大元師の命を請け、イノセンスと適合者を探すのが任務らしい。
あぁ、だからこの人は私を拾ったのかと少し納得。
けど黒の教団本部に私を連れて行こうとはしなかった。それどころか私のコトは一切報告もしなかった。
千年伯爵が生きたまま私を捕まえようとしていることから、私には何か重大な何かあるのだろう。
そんな存在を易々と敵に奪われる訳にはいかないのに、本部に預けた方が良いに決まっていのに・・・・。
絶対とは言えないが本部の方が安全なのに・・・・・・。
なのに、なぜ?と訊くと――――。
『大元師や幹部どもがお前のことを知れば興味を示すだろう。
千年伯爵から守るために身柄は本部に幽閉のような状態になり、二度と外には出れなくなるかもしれん』
煙草を吸いながらも、真剣な険しい表情で言う。
『お前には他の者には無い<不思議な力>があるしな、それらを考えると・・・お前は本部に行かないほうがいい。
・・・・・本部に行かなくても、俺の側でエクソシストとしてやっていける』
―――――そう・・・、私には不思議な力があった。
私にはアクマの哀しき魂の声が聞こえ、哀しき魂が見える。
そしてこの人と初めて逢ったとき、私は歌を唄い50体以上いたアクマを全て浄化してしまったのだ。
それはイノセンスの力だと思われていたが違った。
私は確かにイノセンスを持っていたのだが、それは・・・歌でアクマを浄化するものではなかった。
ならばあれは・・・・・・・?
自分でも、どうやったのか分らない。あの時のような歌は唄えない。
何度も歌を唄ってみても普通の歌。今度はアクマは浄化しなかった。
だが事実がある。
私に未知の<不思議な力>があるのは確かだ。
おそらく・・・それを私が使いこなすことが出来ないだけだろう。
千年伯爵が私を狙うのも、それが理由なのかも知れない。
『お前は確かに狙われているが伯爵が必死になって探していると言う訳ではない。
目的は分らないが、言わばアクマがお前を狙うのはついでのようなものだ。ま、お前強いから大丈夫だろ』
―――だ、そうだ。
この人なりに私の身を考えてのことなのだろう・・・、とも思ったが―――。
『俺、本部キライなんだよ』
―――絶対こっちが本音だっ!!
「―――どうした、?ボーっとしてたぞ」
「へっ!?あぁ・・・、ちょっと回想に浸ってた」
「?」
クロスの声に、は現実へと戻された。
彼女――は、澄ましていれば神秘的な美女なのだが、普段は無邪気さから少女にしか見えない。
そのせいでその場の雰囲気により年齢は19〜16の範囲で見えた。
屋根からはティムキャンピーを抱いたまま身軽にクロスの前に着地する。
「あぁ・・・そうそう、クロスが出掛けてる間、Lv1のボール型アクマを見つけたから壊してきたよ」
のセリフに、クロスは少し顔を顰める。
「大人しく留守番してろと言っただろ。勝手に歩き回るな」
「だってヒマだったし・・・そもそも、それが私達エクソシストの役目でしょう?」
ムッとした表情でクロスに反論する。
「クロスが職務怠慢だから、私がワザワザ歩き回らなくちゃいけないんだよ」
「誰が職務怠慢だ」
「クロス」
間髪居れずは答える。
クロスが仕事してるとしても3:7の割合でだ。(3:7=仕事:遊び)
「まぁ・・・それじゃなくても、聴こえて見えるものを、放ってい措くワケにはいかないしね・・・・・・」
アクマの声が聴こえ、尚且つ魂も見える。
それは決して良いものではなかった。
表情が曇ったのをクロスは見逃さなかった。
「・・・」
クロスは、あえてこの場で口を開く。
「金貸せ」
「は?」
の表情は一気に引き攣った。
「だから金貸せ」
「・・・イヤだよ。私が持ってるお金は、私が働いて稼いだ生活費なんだから。クロスの酒と煙草と遊びには貸せないよ」
クロスの金は知人か愛人からの借金。店は基本的にツケ。
そんなんでは私は生きていけない!!っと思い、は生活費や自分のお金は自分で稼いだ。
彼女が手っ取り早く稼げる方法として選んだのは、貸し出されたドレスを着て夜の酒場やバーで歌うことだった。
元々歌には自信があったので一回試しにやってみたら思いの他上手くいった。
その美貌と誰もが絶賛する歌声で、一晩雇って欲しいと言うのを断られたことがなかった。
むしろ店の人に頭を下げられてまで頼まれた。
そして専属になって欲しいと泣きつかれてしまった。コレには困った・・・。(汗)
そんなこんなで給金は、歌った分は普通の人の倍は貰った。
はそれをクロスと自分の生活費に使っていた。
「クロスにお金渡すと、あーっと言う間に無くなるんだから、生活費以外は貸せない!自分で何とかしろ!!」
「ちっ」
断言せれ、クロスは面白くなさそうな顔で煙草に火を点け吹く。
「しかたない。今度は少し資金調達に出掛けてくる」
「愛人のトコロね。ハイ、いってらっしゃい、女遊びは程々に」
またか・・・、とは呆れつつヒラヒラと手を振る。
そんなの頭にクロスの手が置かれた。
「・・・安心しろ、2時間で戻って来てやる」
「――別に、戻って来るならいつでもいいよ?」
平然とそう言うに、意地悪そうにクロスは口元を吊り上げる。
「俺が居ないと夜淋しくて眠れないクセに、なんなら同じベットで寝てやろうか?」
「馬鹿なコト言うな。私はクロスの愛人じゃないんだから。・・・ただ、夜に一人は少し不安なだけだよ」
は顔を少し伏せる。
(記憶が無いせい?
それとはなんだか違うような気もする。なんなんだろう・・・この不安は・・・・・)
おかげでは誰かが側に居てもらわないと夜は眠れなかった。
<側>――っと言っても一緒に寝るとかではなく、同じ部屋に居てもらわないと駄目なのだ。
<誰か>――っと言ってもクロスしかいなかったが。
そんなの頭を、乗せていた手で優しく撫でた。
「いいか、夜は一人で出歩くな、お前はいい女だからな。アクマより男を警戒しろ」
自分に対してのこの手のコトにはは鈍い。とにかく鈍い。鈍すぎる。
興味も無いらしい。
「男?なんでアクマより男なの?」
(やっぱりな・・・)
思いっきり溜息を吐きたい気持ちになったクロスだった。
クロスは背を向けて歩き出す。
「お前は強い、弱くは無い。だがその反面、繊細だからな。甘えたがりの淋しがり屋がガマンするな」
「一遍愛人に刺されて来い」
見事に自分のことを言い当てられた恥ずかしさからは半眼で、今までずっと思っていたセリフを
去っていくクロスに言い放った。
クロスが出掛けていって1時間が経った。
言った通りだとすれば、おそらくあと1時間ぐらいで帰ってくるだろう。
が一人では眠らないのを知っているクロスは日にちが変わる前には戻ってくる。
そうではないとは朝になるまで眠らない。
本人は本人なりに夜を一人で眠る努力はしているのだが・・・。
「――――ダメだ。眠れない・・・って言うか眠りたくない・・・・・。
どうしてこんなに一人の夜は不安・・・って言うか怖いんだろうね?ティムキャンピー」
ベットの上で横になりながらは枕元のティムキャンピーに話しかける。
ティムキャンピーは、よしよしと羽での頭を撫でた。
「ふふっ、ありがとう、ティムキャンピー」
はベットから下りると、窓へと移動し外を見る。
ティムキャンピーもの後ろについて飛んでいる。
「・・・まだ雪が降ってるんだ」
呟いた後、窓から夜空を見ているから表情が消えた。
誰かが泣いてる気がした。
アクマの泣き声とは違う。
ただ・・・ただ・・・悲しい、苦しい、痛い、悲痛の叫び。
(・・・なんて切ないんだろう・・・・・・)
誰かが泣いてる気がした。
無意識に・・・は仮住まいを出て行った。
まるで何かに取り付かれたかのように―――――。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ティムキャンピーはいつもならに付いて行くのだが、付いて行かずに黙って彼女を見詰めていた。
その後、ティムキャンピーはとは別方向へと急いで飛んで行った。
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