第27夜 望んだもの




  夢を見ていた。

  まるでそれは、何かを暗示しているような・・・警告しているような夢。

  もしかしたら夢ではなく、そこは私自身の中だったのかもしれない。

  <白い私>と<黒い私>が居た。

  <白>は憂いを浮かべた表情で、<黒>は無邪気に笑っていた。

  <白>は<黒>を哀しげに見ていて、そんな<白>を<黒>は嘲笑っているようだった。

  素はひとりのだった<白>と<黒>。
  
  だけど混ざり合って、<灰色>のなることはない。

  だって、<白>に比べて<黒>の色は強すぎるから――――――。





 第27夜 望んだもの





  この歌声を私は知っている。

  ・・・そう、この歌声は、私・・・・・。

  でも、コレは私の歌じゃない。

  美しく透きとおるように響く、一度聴いたら忘れられない歌。

  でも、コレは私の歌じゃない。

  この歌は・・・・・―――。

  聴いた者を魅入らせ、滅びへと誘う、終焉の歌―――。





  白く大きな月。

  それ以外は何も無い、闇の中だった。

  歌声がする方へとは着ている白いドレスの裾をなびかせ、引き寄せられるかのように足を進めた。
  その開いている胸元には十字架の痣は無い。

  は自分の声で歌っている人物を見つけ、足を止める。

  歌っていたのは、黒いドレスを着ただった。
  その開いている胸元には、くっきりと黒十字袈が浮かんでいた。

  <黒い>は<白い>に気づくと歌うのを止め、振り向いて効果音がつくような笑みで、にこっと笑った。

  可愛らしい無邪気な笑み。
  それなのに不思議と、どこか妖艶に感じた。

  『私の歌、どうだった?』

  <白>に<黒>は楽しそうに話しかける。

  『キレイ・・・だった・・・。でも、アレは歌ってはいけない歌・・・・・』

  『どうして?滅びへの、終焉の歌だから?』

  『わかっていて歌っていたの・・・?』

  『うん!だって、どうせ世界は終焉するんだから』

  そう言い切ったのは無邪気な笑顔だった。
  幼く感じるほどの無邪気さは、とても残酷だった。

  『世界は終焉する?そんなことさせない。世界を終焉なんかにさせない』

  『どうして?どうして世界が終焉しちゃいけないの?
   どうしてアナタが、がんばろうとするの?アナタが《終止者》だから?
   でもね、世界の終焉って言っても、世界が無くなるワケじゃなくて、人間が死ぬだけだよ。
   人間なんて弱くてつまんない生き物、死んで当然でしょう

  『確かに人間は、私たちに比べたら弱くいかもしれない。
   だからって、つまんない生き物じゃないし、死んで当然なんかじゃない!』

  <白>の訴えに、<黒>の無邪気な笑顔が消えた。

  『どうして、そんなに人間を庇おうとするの?
   世界を汚しているのは、人間の世界なのに。世界のために人間は終焉を迎えるべきなんだ。
   ―――ほら、見て

  <黒>が指差す方を見る。

  すると、そこの闇は波紋のように揺らぎ、人間たちが映し出された。


  ――――人間同士の戦争。殺し合い。

  地位の為に、名誉の為に、富の為に。

  私利私欲のままに、欲望のままに――――。



  残酷な光景だった。

  見ていられず、<白>は顔を逸らした。

  『同族同士で殺し合い、奪い合う。
   なんて人間は愚かで汚い、醜くてつまらない生き物なんだろう』

  『でも・・・すべての人間がそうじゃない・・・・・。
   人間は美しいものを作ることだって、優しくすることだって、分かち合うことだってできる』

  『くだらい。そんなのは見せかけだけ。
   だから愚かだと言うんだよ。汚さを美しさで隠して、醜さを優しさで隠して。
   くだらない!所詮は偽り!!だったら最初から欲望をさらけ出すべきなんだ。
   偽善ほど、この世で汚いものは無いっ!!』


  声を上げて熱演する<黒>。

  彼女の言うことは否定しきれない部分もある。
  だからこそ、哀しくなって<白>は切なかった。

  『・・・光も、闇も持っている。それが心だよ・・・・・』

  『でも人間は弱いから、自身の闇を認めようとしない。
   偽ることの苦しさ辛さ、アナタにはわかるでしょう?それを人間は平気でするんだよ?
   ―――ヒドイよ。人間は愚かで汚くて、醜くて弱くて、つまらなくてヒドイよ』

  『偽善なら私だって・・・。見せかけだけ、偽り続けてる・・・、私だって・・・・・』

  『アナタはしょうがない。そういうふうに出来てしまってるんだから。
   本当は苦しくて辛いのに抗うコトすら知らない。戦いの中に身と命を捧げ、魂を貪られる。
   それがアナタの宿命


  <黒>は<白>に近づくと、優しく両方の頬に手を添える。

  『でも大丈夫』

  自分を見るように、伏せていた<白>の顔を上げた。

  『『呪い』が完全になり、アナタが私になることで、私がアナタを救ってあげる』

  <白>が視界に入った<黒>の顔は、無邪気だけど妖艶な笑みだった。





  とても今が幸せだった。
  
  の役に立つことが喜びだった。

  本人は思い出していないが、過去のことからは夜、ひとりでは安心して眠れない。
  誰かが側にいてやらないと眠ることが出来なかった。

  それを知る者は教団では室長のコムイぐらいだ。
  
  睡眠薬で無理やり眠っていたが、今は朝方に寝て、仕事などの時間帯をずらして日々を過ごしていたようだ。
  
  もちろんエンティルは、そのことを知っている。
  そういう体質になってしまった原因も、知っている。

  昔からそうだったように、エンティルは教団でと再会してから、毎晩のように彼女に添い寝していた。
  安心して彼女が熟睡できるように―――。
  これも彼の役目だった。
  
  猫のように自分に寄り添い、無垢な顔で寝ているの髪を撫でる。
  くすぐったそうに、だが嬉しそうなに身をよじる彼女に、自然と笑みがこぼれた。

  
  至福の時が終わりを告げられる。

  部屋の外からの気配を敏感に察知し、この部屋に来るのだと直感した。
  部屋の外に気配を感じたとしても、部屋の前の廊下を通ろうとしているだけかもしれない。
  しかし長年、主を守ってきた守護者・エンティルには、こう言った直感が鋭く、確信があった。

  エンティルの行動は早かった。

  隣で眠っているを起こさないように、そっとベットから抜け出す。

  掛けてあった上着に腕を通すと、ドアを訪問者にノックされる前に開いた。

  「―――あっ、エンティル。起きてたの?」

  今まさにドアをノックしようとしていたリナリーは、
  思いがけないタイミングで出てきたエンティルに意表をつかれた。

  「起きてたもなにも、俺は眠らない」

  「・・・そうだったわね。ごめんなさい・・・」

  眠る必要が無いのは便利だが、いいものには思えなかった。  
  哀しいことには違いがない―――。

  リナリーは複雑そうに笑って見せて、とりあえず謝っておいた。

  「は?」

  「まだ寝てる。朝が弱いのは相変わらずだ」

  何か用か?と尋ねると、リナリーは頷いて答えた。

  「そろそろ時間だから、起こしに来たんだけど・・・」

  「まだ時間がある。ちゃんと時間が来たら起こすさ」

  「・・・・・そう」

  そう言われて、なんだか自分はお呼びでないような気がする。
  淋しそうにリナリーは微笑んだ。

  

    

  あったはずの温もりが無くなっているのに気づき目を覚ました。

  隣で横になっていた人物がいないことに、慌てて飛び起きる。
  
  「・・・・・エンティル・・・?」

  不安に駆られた声で探している人物の名を呟いた。

  部屋を見渡すが彼の姿が無い。
  
  ―――どこにもいない。いつも目を覚ますまで側にいてくれるのに・・・。どこにもいない。

  急激に、どうしようもない不安と恐怖がに襲い掛かった。
  
  今まで例え同じ部屋で夜さえ居てもらえれば、それで平気だった。
  だがエンティルの場合は違う。が目を覚ますまで、彼は必ず側に居てくれた。
  彼が居ないのには、耐えられそうになかった。

  ―――独り。独りきり。イヤだ。独りはイヤだっ。

  大きな瞳から、溢れ出た涙が零れ落ちる。
  耐えることなど出来なかった。
  
  (エンティルっ!!)

  彼の名を心の中で助けを求めるように叫んだ。

  バンッ

  次の瞬間、勢いよくドアが開かれた。

  が無意識にドアの方を見ると、そこにはエンティルの姿があった。
  呆然と真っ青な顔で涙を流しているを見ると、エンティルは部屋の中に入りドアを閉め近づく。

  「どうした?何か、怖い夢でも見た?」

  幼子に問いかけるように優しく、ベットに身を乗り出しに手を伸ばしたエンティル。

  「・・・夢は・・・、夢は・・・見た・・・けど・・・・・・」
  
  エンティルの姿を確認し、今度は安心して涙がポロポロと出てくる。
  バっとは彼にに抱きついた。

  「怖かった?」  
    
  は彼の胸に顔を埋めたまま頷いた。

  「怖かった・・・。怖かったっ・・・!
   目が覚めたら、エンティルがいなくて・・・。私、独りで・・・、独りきりでっ・・・!!」

  泣きながらも必死に声を絞り出し、彼にしがみ付いている手に力を入れた。

  「イヤだ・・・。独りは、もう、もうっ・・・イヤだ・・・・っ」

  ―――・・・どうして?そうだ・・・、あの日から全てが狂い、始まった。


  私が独りの夜を怖がるのも。あの時から。

  暗く冷たい部屋。夜が来れば、それは一筋の光も無い孤独の闇でしかなかった。

  その闇が怖かった。私を消していく闇に恐怖したんだ・・・・・。



  それ以来、は夜、ひとりでは不安に駆られて安心して眠ることが出来なくなった。
  ひとりで夜を眠れば、また闇に閉じ込められそうで―――。

  自分のトラウマの原因を思い出し、の身体は震えだした。

  「・・・ごめん。訪問者が着たから、を起こさないように外に出て話してたんです」

  を優しく抱き返すエンティル。
  その表情は無ではなく、彼女が泣いてしまっていることが、哀しく辛そうなものだった。

  「・・・離れないで、側にいて。私を独りにしないで・・・、お願いだからっ・・・・・!!」

  「もちろん。の望みのままに」

  ―――俺はのすべてを理解して、受け止めるために存在するから。

  「離れない。ずっと一番側にいるよ」     

  エンティルの言葉に、は本格的に泣き出した。

  怖かったワケではない。寂しかったワケでもない。
  今のには、彼の言葉が心の底まで染みるほど嬉しかったから――――。

  が泣き止むまで、そのままエンティルは彼女を抱きしめていた。]



  私は、ずっと欲しかった。

  彼はいつだって。

  私が望んだコトをしてくれる。
  私が望んだ言葉を言ってくれる。

  彼だけが、私を真に理解してくれる。
  彼だけが、本当の私を受け止められる。

  彼だけ、彼だけなんだ。

  彼との時だけが、私は偽る必要も無く、本当の私のままで居られる。

  強くいることも、意地を張ることもしなくていい。
  彼は私のすべてを知っているから、理解しているから。そんなもの、彼の前では無意味なんだ。


  私が、本当にずっと望んだものは・・・・――。

  偽りで無い愛情を与えてくれる、本当の私を受け止めてくれる、『特別』な存在。










  NEXT