第2夜 始まりの出逢い






――――――――わからない。

ココは何処?

ワカラナイ・・・・。

私は何者?

ワカラナイ・・・・。

私は今どういう状況?

ワカラナイ・・・・。

何故?

ワカラナイ・・・・。

何故わからない?

ワカラナイ。わからない。判らない。

・・・・・・・・・・私はいったい・・・・どうすれば良い?

判らない。――――ただ見つからない。

私がすべきことが―――――、私が戻るべき場所が――――――。

・・・・・・・・ワカラナイ・・・・・ミツカラナイ・・・・・・・。





第2話 始まりの出逢い







とある町に一人の男が辿り着いた。

ツバの付いた黒い帽子を被り右側顔半分を仮面で隠した、黒いコートを着る赤毛の男。
帽子の上にはボールに羽と小さい手に炎のような尻尾を付けた、黄色い謎の生物。

男は町を見渡す。

町は不気味なほど静かだった。
なんせ町には人っ子一人居いないのだから。

数時間前。
アクマの大群が上空を通り近くにある森へと集まるのを見て人々は恐怖し、この町を捨てて逃げ出したのだ。
その為、数時間であっという間にゴーストタウンと化していた。

男は隣町へと逃げていく人々と入れ違いでこの町へと来ていた。
元々、男の目的はソコにある。

今までにないほど異常とも思えるアクマの軍勢が
この町の近くにある森に集まったと言う情報を得て、偶然にも近くを通りかかった自分が調査をしに来たのだ。

イノセンス関係であろうとなかろうと、何かがある事は確かだろう。

だが町に着く数十分前に森はマクマと共に消し飛んでいた・・・・・・・。

ふと黄色い謎の生物は何かに気づき、パタパタと羽で飛び男の元を離れて行く。

「どうした?ティムキャンピー」

黄色い謎の生物ティムキャンピー、の後に男はついて行く。





そこは教会だった。

ティムキャンピーは教会に来て、「開けて!」と言わんばかりに扉の前で主人である男を急かす。

「何かあるのか?」

男が教会の扉を開けるとティムキャンピーは素早く中に入る。
続いて男も入り・・・・。

「――――――!?」

教会の中で見たものは――――祭壇の前の床で眠っている・・・・・――。

――白いドレスを着た女。

その光景がなんとも幻想的なまでに神秘的に見えた。

ティムキャンピーは心配そうに女の上を飛び回っている。

ツカツカとブーツの音を教会に響かせ、女の元に近づく。
傍によると片膝をつき観察するかのように女の姿をうかがった。

足の付け根まである、艶やかな漆黒の長い髪。
滑らかな白い肌。
肩と胸元が出た清楚な白いドレス。
胸元には銀の十字架のペンダント。

美しい女性だった。
全てにおいて綺麗に整えられている容姿。

白い清楚なドレスは、彼女に良く似合っていた。

一瞬、同じ人間ではないのではないかとさえ思えた。

歳はいくつくらいだろうか・・・?

寝ている姿は人を幼く見せる。
それを考え含めると19〜16と言ったところだろう。未成年であることは確かだと思う。

「・・・いい女だな、だが・・・・・・・」

不自然すぎる。

何故こんな所で眠っている?

ティムキャンピーの様子からしてアクマでは無いだろう。

この町の住人かとも思ったが、こんな立派なドレスを着ているような貴族は此処には住んでいない。

・・・・何者だ?

もしかしたらアクマの軍勢や、それらと一緒に消し飛んだ森と何か関係が有るのかもしれない。

男は女の上半身を床から優しく抱き起こす。

「・・・・・ぅ・・・ん・・・・・・・・・」

抱き起こされ彼女は意識を取り戻し、ゆっくりと・・・その瞳を開けていく。

ぼんやりとしか見えない視界で自分を抱き起こしている男を見た。

その瞳が男を捉えた。

美しく鮮やかな紅い瞳。
だが何処までも綺麗に透き通っている紅い瞳。
不思議な輝きを持つ紅い瞳。

紅い瞳と合った自分の眼が離せなかった。
離す事が出来なかった。

「・・・・だれ・・・・・・?」

とろんとした瞳のまま彼女は男に問う。

声は彼女に合った涼やかな声だった。

「俺はクロス・マリアン。エクソシストだ」

「・・・・エクソ・・・シスト・・・・・」

・・・・・・何?

聞いたことがない。

――でも・・・私は知っている・・・・。
エクソシストと言うものを知っている。

―――――なぜ?


「お前の名前は?」

「・・・・私は・・・・・・・・」

・・・、か。・・・お前はこの町の住人か?」

と名乗る女は、クロスから視線を外し考えるかのように天井を見詰めた。

その紅い瞳が自分の目から離れていった事に、クロスはなんとも言えない切なさを覚えた。

彼女の瞳に、自分は魅入っている。

・・・何故この瞳に、こんなにも魅入っているのだろうか・・・・・・。

クロスがそんな考えの中、は瞳を細めて返事を返す。

「・・・わからない・・・・・・」

「何故こんな所で眠っていた?」

「・・・わからない・・・・・・」

「いったい何があった?」

「・・・わか・・・ら・・・な・・・・・――――――」

そこでは紅い瞳をまたゆっくりと閉じ・・・・意識を手放した。

ティムキャンピーはその様子を見ると焦ったようにの頬を小さな手でぺちっと叩く。

「安心しろティムキャンピー、気を失っただけだ」

クロスはを抱き上げると教会から外に出る。
空からは白い雪がポツポツと降り出していた。

今、二人と一匹しかいない町は静寂で満ちていた。

ただ静かに・・・・・、ただゆっくりと・・・・・、雪が虚しく天から落ちていた。






* * * *






『――――くな。行くな

誰?

『ごめん・・・、でもこれは私がやらないと・・・・・・・。
私がしなくてはいけないコトなんだ。・・・・だって私、終止者だから・・・・・・・・』

あれは・・・私・・・・?

『なら俺も行く。俺も一緒に――――』

『それはダメ。アナタは残って』

私と・・・誰?

これは何?

私と居るアナタは誰?


『アナタは残って、私の戻るべき場所として』

『お前は・・・戻ってくるのか?』

『もちろん。肉体が死んでも、魂は消滅する訳じゃないよ』

『  することも出来ないのにか?』

え?最初・・・なんて言ったの?

『―――それは・・・・・・・・・』

『今のお前じゃ無理だ。自分が一番判ってるだろ』

『でも、もしかしたらこれで、真の私に戻れるかもしれない』

『危険だ。危険すぎる。もしかしたら永遠に次元をさまようコトになるかもしれないんだぞ』

何?なんの話をしているの?

『・・・・・・・・戻るよ、私は、何があっても。戻ってみせる、戻ってきてみせる・・・アナタの元に。
アナタの戻るべき場所が私であるように、私の戻るべき場所はアナタだから』

・・・・・・・・』

『だから、お願い』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『ごめんね・・・・・・』

『・・・・・謝らないでくれ。・・・・・信じて待っているから』

『ありがとう。アナタは最愛の兄妹、最大の親友、最高のパートナーだよ』

あっ・・・待って・・・・。

、愛してる』

『私も、愛してる。好きだよ。大好きだよ――――――』

アナタは誰?私と一緒にいるアナタは誰?

・・・・・私は何をすべきなの?

私はどこに戻ればいいの・・・・・?




パチッ・・・パチパチ・・・・・・。

暖炉で薪が燃える音が聞こえた。
そんなに大きな音ではなかったが、静かな中で聞こえる音は部屋によく響いた。

暖炉で薪が燃やされ暖かい部屋。
素朴な家具。
ベットで眠る

民家の一室。

クロスは再び意識を失ったを冷え込む教会から連れ出し、近くの民家へと運んだ。

必要最低限の物だけを持って逃げ出た住人、その為にほとんどそのままの状態で空き家となった民家を無断使用していた。
もちろんそれを咎める者は誰も居ない。
皆、町を捨てて逃げ出したのだから・・・・・。

意識を取り戻したは、またゆっくりと紅い瞳を開ける。

「・・・・・・・・・ここは・・・・・?」

の眼には先程とは違う天井が見えた。

「民家だ。あの教会ではさすがに冷えるからな」

声がした方を見ると、ベットの横でイスに座り腕と足を組んでいるクロスがいた。
帽子の上にはティムキャンピー。

身体をはベットから起こす。

「民家はわかったけど、具体的にココはどこ?私は何者?いったい今、どういう状況?」

が言うことにクロスは眉を寄せた。

「・・・・・自分のことも分らないのか?」

顔を伏せる

「わからない。自分の名前以外、何もわからない・・・・・・」

「記憶喪失か・・・・・・」

そうクロスは呟く。

(やはり何かこの奇怪と関係があるのか?
記憶を失ったのもそれが原因か?)

そんな考えの中、突如――――。

「――――――ッ!!?」

両耳を押さえは自分に襲い掛かってきた苦痛に身を縮めた。

「どうした!?」

突然の異変にクロスはイスを倒して立ち上がり身を乗り出す。

「いっ、イヤだッ・・・嫌だ・・・・ッ!聴きたくない・・・・・・」

「何がだ?何も聞こえないだろ?」

首をは左右に振る。

「ううん、聴こえる・・・!外から・・・声が聴こえる・・・、悲しい声がたくさん・・・・・。
こんな声は聴きたくないっ・・・・!

さらに拒絶するかのように身を縮める。
耐えるように閉ざした眼からは涙が滲んでいた。

「外?」

クロスはドアに視線を向ける。

嘘を吐いているとは考えられない。
様子からただの幻聴とも思えない。

「ここで待っていろ。外の様子を見てくる」

ドアを開け外に出て行くクロスの後姿を、顔を上げは涙で滲んだ瞳のまま不安そうに見つめていた。



クロスは外に出てドアを閉めると数歩ほど歩いて周りを見渡す。

なんともない・・・・・、そう思った時だった。

自分たちしか居ない町に数十の気配。

顔をクロスは顰める。

彼の前に姿を現したのはアクマだった。
Lv2が、ざっと50体以上。

「Lv2がこんなに揃うとはな・・・・・・」

呟くクロス。

Lv1ならともかく、Lv2のアクマが50体以上いるのだ。

やはり何かあるに違いない。

「あぁーーーー!!その胸の十字架ぁーッ!!お前、エクソシストだなッ!!!
まさかお前が女隠してるんじゃないだろうな!?」

アクマの一体がクロスのコートに描かれたローズクロスを見て声を上げる。

「女?」

女とはのことか?
コイツらはを探してるのか?

「そうだ!女だ!伯爵サマが欲しがってる女〜〜〜〜!!」

「おいお前!勝手なコトすんなよ!!伯爵サマは、
『見つけた時に捕まえて連れて来るように』言ったんだぞ!わざわざ探す必要までないだろ!」

「伯爵サマが欲しがってるのに変わりはないだろぉがッ!まだこの近くにいるなら捕まえるに超したことねぇだろッ!」

ギャアギャアと仲間でモメているアクマの会話を冷静に訊くクロス。

「その女の名はか?」

「そーだぁ!だ!って名前のハズだッ!やっぱりお前が隠してるんだなぁエクソシストッ!!」

当たった。
アクマが探してるのはだ。

はアクマに―――、<AKUMA>の製造者である千年伯爵に狙われている。

――――だが何故だ?

「答えろアクマ。なぜを狙う?」

「んなこたぁ知らねぇよ。知らねぇが伯爵サマが欲しがってるんだよ、絶対死なさずに連れて来いってなぁ」

死なさずに連れて来い?
どういうことだ?

には何かがあるのか?

「おしゃべりはココまでだエクソシストッ!!女をどこに隠した!?女を渡せぇぇぇぇッ!!!」

アクマが攻撃態勢に入る。

クロスが己の対アクマ武器を出そうとすると、背後のドアがゆっくりと開く音が聞こえた。

その場が静まり返る。

振り返ると、そこには

『みーつけた!みーつけた!伯爵サマが欲しがってる女だぁーーー!!』

を見たアクマたちの歌っている声が重なる。

ッ!?危険だッ!出てくるな!」

これだけの数の能力不明なアクマを相手に戦うのに、彼女を守りながらは無理だ。

だが今のにはアクマたちの声も、クロスの声も聞こえてはいなかった。

「辛いんだね・・・・、そんな哀しい声で泣いて・・・・・・」

聞こえているのは、アクマのエネルギーの素になっている哀しき魂の声。

「囚われているんだね。そこから逃げられないんだね。楽になりたいのに・・・・・・・」

そして、アクマの背後に見える・・・・泣いている哀しき魂の姿。

「お前は――――――」

クロスが何かを言おうとする前に―――は虚ろな瞳で歌いだす。

美しい、綺麗な歌声。

この場が神秘に満ちた違う世界になった。

心が引き寄せられ奪われ、全ての者を魅了してしまうほどに・・・美しい歌声だった・・・・・・。


  愛していた 愛していた

  アナタを誰よりも愛していた

  何があっても永遠を 共に過ごしたかった

  アナタへの想いの前に悲しさが負けてしまう

  叶うのならと縋ってしまった それが罪
   

  泣かないで 泣かないで
 
  アナタを誰より傷つけたことに  

  悲しき嘆きが続くなら 哀しみは終わらない

  アナタの悲しみが更なる悲しみに繋がってしまう

  責めないで傷つかないこと それが救い


  懺悔の叫びは届いたから

  アナタの悲しき罪を今許そう

  許されることが 救いとなるのなら   


―――――女神だった。

歌う彼女の姿は、なんと神秘的に美しいのだろう。

今の彼女は女神その者に見えた。  

『・・・・・・ありがとう』

『これでやっと・・・救われる・・・・・・・』

『ありがとう・・・・・・・』

『・・・やすらかに眠ることが出来る・・・・・・・・』

『ありがとう・・・・、ありがとう・・・・・・・』

歌が終わると、アクマに内臓されていた魂たちはスゥーーっと天へと吸い込まれるように消えていった。
抜け殻となったアクマのボディだけがその場に崩れ落ちる。

「歌でアクマを浄化した・・・!?」

この光景にクロスは目を見開く。
50体以上いたアクマが全て歌で浄化された事実に・・・・・。
間違いなく浄化は歌によるものだろう。

自分でも何が起きたのか分らないまま急に身体と精神が―――どっと重くなり倒れるを、クロスは駆け寄り支えた。

「お前は・・・、アクマの魂の声が聞こえるのか?アクマの魂が見えるのか?」

は支えられたまま、黙って頷いた。

「アクマを浄化したことといい・・・・、イノセンスか・・・・・・」

を見て呟く。

「・・・見つからない・・・・・・・」

消えそうなの声。
クロスは彼女の顔を覗き込む。

「思い出そうとした。自分の記憶を探した。でも・・・見つからなかった・・・・・・。
見つけなきゃいけないのに、何かすべきことがあるのに、戻らなくちゃいけないのに・・・・・・・・」

何かが哀しい、何かが辛い、何かが苦しい訳ではない。
無性に何かが虚しく、無性に何かが不安だった。

は顔をクロスに向けた。

美しく透き通る紅い瞳から銀の雫が静かに流れる。

「私がすべきことが・・・・私が戻るべき場所が・・・・・・、わからない。見つからない・・・・・・・・・」

濡れた紅い瞳も。
涙が伝う滑らかな白い頬も。
そして、憂い表情も。

それすらも、涙を流す顔すらも美しかった。

涙すら彼女を綺麗に飾るアクセサリーに見える。

「なら、エクソシストにならないか?」

「・・・・・・・・・え?」

「お前がすべきことと戻る場所を思い出し見つけるまで、俺がすべきことと戻る場所を与えてやろう」

「・・・・アナタが?私に・・・・・?」

「そうだ。世界を終焉に導く存在、<千年伯爵>にお前は狙われている。
お前には何かがあるのだろうが、それは分らない。お前が何者なのかも分らない。
だがお前の歌でアクマは浄化した、イノセンスを持っているか寄生されているかの適合者だろう。
なんにせよ、お前もまた神に魅入られた者」

「・・・・・本当に?本当に・・・私に与えてくれるの?」

欲しかった。
例えそれが偽りでも、空っぽの自分を満たしてくれるモノが欲しかった。
前に進まなくてはいけない・・・でも、進むべき道すら今の私には無い。

その為に与えてくれるなら、なんでも良かった。

「ああ。それは決して楽ではない戦いの日々だが、神に愛せれし使徒の定めだ。俺と一緒に行かないか?

『もう俺たちは互いを必要としている、常に共に在るべき存在だ。俺と一緒に行かないか?

――その瞬間、の瞳が大きくなる。

夢の中で見たヒト。自分と一緒にいたヒト。顔も名前も思い出せないヒト。
そのヒトとクロスが重なって見えた。

同時にクロスに対して妙な安心感と懐かしさを感じた。

クロスへの返事の言葉は無かったが、彼の言葉には涙が伝わった憂いのまま微笑む。

美しい・・・・。

始めて見た微笑は飾る涙のせいか、今までに見た何よりも――――――。

その姿は美しく綺麗だった・・・・。

こんなにも美しく綺麗なものの存在は知らなかった。

は返事の代わりのように、自分を支えているクロスの胸に寄り掛かりコートにしがみつく。
何かを必死で自分に繋ぎ止めるかのように・・・・・・・・。

そんな彼女をクロスもまた背に手を回し優しく抱きしめた。

優しく抱きしめてもらう温もりが、今のには優しすぎて泣きそうになった。
顔をクロスの胸に埋め隠すと、彼の首に手を回し強く抱きついた。

しばらくはそのまま・・・・・・・。

二人と一匹しか居ない静かな町を・・・、静かに白い雪が降っていた。



此処から始まった。

この出逢いのがのこれからの入り口だった。

この時からクロス・マリアン神父はにとって二人目の特別なヒトになる。

彼女がそれに気づくのは・・・もう何年か後のことだ。











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