第17夜 認められない



認めたくない。

認めるワケにはいかない、想い。


教団でと出会ってから、俺はと良く目が合っていた。
そのたびには俺に、不思議そうな顔をしたり、微笑んだり、手を振ってきたりしてきた。

俺は顔を逸らして、逃げるように避けた。

これ以上、と関わりたくなかった。
これ以上、を知りたくなかった。
これ以上、に近寄りたくなかった。

あの人の為に俺は命を使っている。あの人とあいまみえる為に・・・。

なのに気づくとのことを考えている。

今何をしているか、今どんな顔をしているか、今誰と一緒にいるのか。

自分でも馬鹿げていると思う。
だが無意識に考えてしまう。

それでも・・・・・。

俺は怖いのかもしれない。

認めるワケにはいかない想いを、認めてしまったら・・・―――。

俺は、どうなってしまうのか・・・・・・。





「ありがとうラビ!ラビが貸してくれる本、全部おもしろいから楽しみだよ!」

「どういたしましてさ〜」

談話室。

本を読むのが好きなは、同じ趣味を持つラビに書庫には置いていない珍しい本を借りていた。

「――――あれ?」

が談話室の入り口を見ると、そこには神田の姿が・・・。
神田はと目が合うと背を向け、談話室に入らずに行ってしまった。

「・・・・・私、嫌われてるのかな・・・?」

「あーそれは無い。違うから」

「でも私のこと、いつも睨んでるよ?目を合わせようとしないし、避けてるよ」

「ユウは、あーゆー眼つきなんだって!目を合わせないのと避けてるのは・・・・・、本人から訊いてみてv」

へらっとラビはに笑う。

「せっかく宣戦布告したんだから、正々堂々と勝負したいしな」

「?」

ラビが後に付け足して言った意味が、にはわからなかった。





第17夜 認められない





月が美しい夜だった。

何故だか寝付けず、神田は修練でもしようかと森に向かった。



歌が・・・聴こえた・・・・・。

森に着くと、歌が聴こえてきた。

澄んだ綺麗な歌声。静かで流れるような、美しい旋律。

とても・・・とても美しい・・・・・。

歌声に吸い込まれるように脚が勝手に動いた。

歌ってたのは・・・―――――。

・・・?」

だった。

倒れている丸太に座り、月明かりに照らされて歌っている。
その姿は・・・、なんて神秘的で美しいのだろう・・・・・。

―――だが戦っている時の美しさとは違っていた。

勇ましく気高い、凛々しい優雅な美しさは無い。

哀しげな、淋しげな、憂いに満ちた表情。
幻かと思ってしまうほど、このまま消えてしまいそうだった。

儚い美しさ、だった。

―――何故、そんな顔をしてる?
戦っているおまえは、あんなにも強い瞳で凛々しかっただろ。

なのに、今のおまえは別人のようだ・・・・・。

一体、何があったんだ・・・?

そんな顔を・・・するな・・・・・――――


気づくと、神田はを抱きしめていた。

「・・・何?どうしたの??」

突然のことでは少し混乱する。
なんせ嫌われてると思っていた相手に抱きしめられているのだ。

「・・・・・・そんな顔・・・すんな」

「え?」

「そんな哀しそうな顔、してんじゃねェよ・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

愛しい。

強く、美しくも、儚い・・・―――。

そんな彼女が、愛しい。


これほど何かを、誰かを、愛しいと思ったことは無かった。

(見られちゃったか・・・・・)

バツが悪そうに、少しだけ笑う

「・・・何か、あったのか?」

「なんにも・・・。ただ、月がキレイだなぁーと思って、見ていて歌ってただけ・・・。
―――時々あるんだ。ただ無性に、虚しくなる時が」

そう言って、誤魔化した。
全部がウソでは無い。

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

会話終了。

何か有ったのかと思ったら、何も無いと言われてしまった。
それでも、この愛しい少女を抱きしめる手を緩めることが出来ず、何を言っていいのかわからず、動くことが出来ない神田。

トクン・・・トクン・・・

抱きしめられ胸に耳を傾けるような形になり、神田の鼓動が聴こえては目を細めた。

「生きてる音・・・・・・」

小さく呟く声は、神田にも聞こえた。

「心地いい音・・・・・・」

本当に心地そうな彼女が、本当に愛しかった。

は神田の胸を軽く押すと身を離す。

「ありがとう。心配してくれて」

「そっ、そんなんじゃねェ!!」

急激に顔を赤くして神田が上げた声に、驚いてビクッとする。

「あ・・・ごめん。怒んないで」

「あ、いや・・・別に怒ってねェよ」

「素直じゃないね、キミ」

「うるせぇ」

顔をプイッと顔を背ける神田に、クスクスとは笑った。
もういつもので、憂いは無かった。

「でもホント、びっくりした。キミ、私のこと嫌ってるでしょう?」

「はぁ!?」

「だってキミ、私のこと良く見てない?なのに目が合うと逸らすし、逃げるように避けるし・・・」

「なっ・・・」

とは良く目が合っていた。
でもまさか、それが自分が見ていたからだとは思わなかった。

つまり無意識に、自分はを視線で追っていたことになる。

「私、何かした?」

「別に・・・・・」

「なら、なんで嫌うの?ハッキリ言ってよ」

嫌って無い。

そう素直に言えたら、どんなにいいか・・・・・。

「俺は、おまえが気に入らねぇんだよ」

認められない気持ちから、口から出たのは冷たい言葉。

「だからなんで?」

「チッ・・・・」

(今『チッ』って舌打ちした・・・)


食下がってくるに舌打ちする神田。

「気に入らねぇもんは気に入らねぇんだよ」

自分から突き放すように言い捨てると、また神田は逃げるように去って行こうとする。

しかし、立ち止まると振り返ることなく―――。

「おい、早く部屋に戻れよ」

「へ?」

「おまえの体、冷てぇ」

労わりとも取れる言葉だった。

ポカン・・・としただが、ソレがすぐに優しさなのだと思えた。

「本当に、素直じゃないんだなぁ・・・・・」

去って行く彼の背を見詰め、は優しく微笑んだ。





* * * *





ベットの上に座り、机の上に置いている砂時計のような装置に入った蓮の花を見詰める。

朝起きたら、この蓮の花を確認するのが日課になっていた。

装置に入った蓮の花を見詰めていたら、何故だかの顔が重なる。

「・・・・・っ」

装置に入った蓮の花と、―――――。

嫌な組み合わせだった。

髪を高い位置で結うと、神田は立ち上がり団服を着る。
イノセンスである六幻を持つと部屋を出た。





朝食を済ませる前に、修練でもしようか廊下を歩いていると・・・・・。

「あ!ちょうど良かった・・・!」

前の方から、が笑顔で駆け寄って来た。

の姿を見たや否や、くるっと神田は方向転換して来た方に戻って行こうとした。

「ちょっ、ちょっと!待ってよ!」

慌ててが追いかけると、走りはしないが足を早める神田。

「待っててば!―――ユウ!!

ピタッ

の声が廊下に響き、途端に神田の動きが止まる。そして通りすがりの探索部隊(ファインダー)達も顔を青くして固まる。

くる

ズカズカズカ・・・

がしッ

無言でまた方向転換をし、引き返すとの腕を掴んで歩き出した。

「え?ええぇ??何なに???」

廊下の角を曲がり、周りに人がいない所までを連れて行く。

「下の名前で呼ぶなっ!!なんでお前が知ってんだ!!!」

「「「「「・・・・・・・(汗)」」」」」

だが周りに人がいなくても、怒鳴り声は固まった探索部隊(ファインダー)達にバッチリ聞こえて来ていた。

「なんでって・・・、そうラビに教えてもらったから」

(チッ、そうだった・・・。ラビのヤロー・・・(怒))

「ねぇ、ユウ・・・」

「だから下の名前で呼ぶな!!」

「・・・名前、キライなの?」

「キライだ!」

「・・・・・キライなら、イヤならしょうがないね。じゃあなんて呼べばいい?」

の質問に、今だムッとした顔で答えた。

「・・・・・神田」

「うん、わかった。神田」

―――――<神田>・・・。

呼び方が<ユウ>から<神田>に。

今まで<ユウ>と呼ばれると怒りが込み上げてくるのに・・・―――。
に限っては<ユウ>と呼ばれ無くなると、淋しさのような虚しいような気持ちがよぎった。

「神田、どうかした?」

黙り込んだ神田の顔をが覗き込む。

「いや・・・・・」

「そう?あっ!忘れるところだった!コムイが呼んでたよ。任務だって」

「それを早く言え」

司令室に向かって神田が歩き出す。続いても歩き出す。

「・・・なんでついて来るんだよ」

「私も科学班に戻るんだよ。仕事の続きしないと」

「チッ・・・・・」

(また舌打ちした・・・)

歩く神田の隣をが歩こうとした。

それに気づいた神田は歩くスピードを上げ、彼女が自分の隣を歩かないようにする。
彼がスピードを上げたのでも歩く速度を上げ、隣を歩こうとする。

だがまた神田が前を行こうとし、またが追いつこうとする。
――――しばらく続き、だんだん互いの行動に、互いがムっとしてきていた。

片や追いつかれれば速度を上げ、片や離されれば速度を上げ。

もはや意地の張り合い。

いつの間にか司令室までの廊下を、ふたりが争って走っている姿が目撃されていた。









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