第16夜 一目惚れ



一目見た、その瞬間から、釘付けになった―――――。

・・・何も考えることが、出来なかった・・・・・。


今回の与えられた任務はアクマの破壊。

足手まといの探索部隊(ファインダー)を近くの村に残し、アクマが現れると報告された森に入る。
すると、森の中心部の開けた場所にレベル2のアクマが一匹いた。

ひとりの女と一緒に。

あの女もアクマかと思ったが、どうやら違うようだ。

女が胸元の銀の十字架のペンダントを掴むと、白銀の光を放ち大鎌へと姿を変える。
大鎌を武器に女はアクマと戦闘を始めた。

対アクマ武器!?エクソシストか!?

そんな考えはすぐに消え去った。

流れるようになびく、長く美しい漆黒の髪。
戦う動きは、舞でも踊っているかのように華麗。
強い意志を秘めた紅い瞳の、凛々しい眼差し。

―――その女の、戦う姿は何よりも美しかった・・・――――

俺の姿は木の陰になって見えないハズだが気配でも感じたのか、女は余裕でアクマを破壊るすとこちらを向いた。

―――同時に、俺の中を何かが駆け巡った。
今まで感じたことの無い、感情。緊張。熱のようなもの・・・・・。

「レベル1は、よろしくね・・・」

それだけ言い残すと、女は急いで去って行った。

「おっ、おい!ちょっと待て!!」

後を追いかけようと木陰から飛び出すがレベル1のアクマが三匹現れた。
舌打ちをし、レベル1のザコを倒すが・・・。

―――女の姿はもう無かった。

すぐに女を捜したが、どこにもあの女は居なかった。
近くの駅から汽車に乗って移動してしまったのかもしれない・・・・・。

アレは確かに対アクマ武器。あの女はエクソシストだ。
だが団服を着ていなかったし、教団で姿を見たことも無い。

まだ教団に属していない適合者だろう・・・。

このまま女を捜したいが、引き続きに次の任務が入っている。
仕方なく舌打ちをして探索部隊(ファインダー)がいる村に戻ることにした。

・・・教団に戻ったら、コムイにでも話してみよう。
そうすれば適合者である、あの女を教団は捜すだろう。

―――――そんなことを思ってしまうほど、あの女にもう一度会ってみたかった。
あの女ことが・・・どうしても忘れられない・・・・・―――――






第16夜 一目惚れ





続いた任務を終え教団に帰還した神田は、報告と共にコムイに適合者らしき女の話をした。

最初は興味気に訊いたコムイだが、そのうちいつもの顔になり「捜す必要な無いよ」と軽く言った。

「どういうことだコムイ。俺が見た限り、あの女はイノセンスを持っていた適合者だぞ」

「うん、そうだね。そして教団のエクソシストじゃ無いね。でも捜す必要は無いよ。
―――その女って、神田くんと対してトシが変わらない、漆黒の髪に紅い瞳で、銀の十字架のペンダントがイノセンスだったんでしょ?
なら捜す必要ないよ」

「だから・・・どういうことだ」

「そのうちわかるよ☆」

楽しそうな笑顔のコムイに対して、神田は眉間に皺を寄せた。

「ご苦労様、しばらくは休んでイイからね」

「チッ、余計なお世話だ。さっさと任務よこせ」

不機嫌なツラで吐き捨て、神田は少々荒っぽく司令室を出て行った。

そんな神田を見ながら・・・―――。

「確かに、その時点では教団のエクソシストでは無いね」

楽しそうな笑みを絶やさないコムイだった。





* * * *





(ワケがわからねぇ・・・。どういうことだ?イノセンスを持った適合者を探さないだと?
ふざけやがって・・・)

こんなことなら、あの時あのまま女を捜せば良かったと神田は後悔していた。

(・・・もう、あの女とは会えないのか・・・・・)

そう思うと、妙な虚しさが胸を締め付けた。

―――ダメだ。忘れられない。あの女の戦う姿が、あの女が忘れられない・・・・・―――

得体の知れない感情に、動揺と困惑している神田。
もう一度、あの女に会えばコレの正体がわかるような気がしていた。

だが、それは叶いそうに無い。

不機嫌に舌打ちをし、昼時なので食堂へと入る。
料理長のジェリーに蕎麦を注文して受け取ると、人の居ないテーブルの席に着いた。

わざわざ人の居ないテーブルの席に着いたのに・・・・・・・。

「ユウ〜〜〜〜!」

ギロッ

「うわっ、久しぶりに会ったのにイキナリ睨まんでさ・・・。いつもに増して不機嫌だな〜」

「うるせぇ。下の名で呼ぶんじゃねぇよ」

「いいじゃん!オレとユウの仲なんだからさ!」

「勝手な仲つくんな。迷惑だ」

「連れねーの〜〜」

トレイに昼食を乗せ、へらへらとのん気な顔で近づいて来たのはラビだ。
近づいて来たと思ったら神田の正面の席に座った。

「オイ、目障りだ。どっか別なとこ行け」

「他なんて空いてないって。さすがにユウのテーブルには誰もいないけどな(笑)」

「ひとり分ぐらいなら空いてんだろ、そっち行け」

「あかんって、ひとり分じゃ。オレの他にもうひとり来るから、ふたり分じゃないと」

だからココしか空いてないんさ〜〜〜、と移動する気はゼロのラビ。

「もうひとり?ブックマンか?」

「なんでわざわざ、パンダと昼まで一緒に食わなきゃなんねェんさ」

顔を顰めるラビだが、すぐにへらっとした顔に戻った。

「新しく科学班に入った新人で、すげぇー美人でかわいぃんだぜ!その娘と昼一緒に食べる約束したの!」

どうりでいつもより浮かれてるワケだと、神田は納得した。
こうなったら自分が食事を早く済ませるしかない。これ以上ややこしいのはゴメンだ。

「あ、いたいた。ラビ!」

「お〜!、こっちさ!」

(来ちまったか・・・)

女の声。こっちに向かって来るのが気配でわかる。

「待たせちゃってごめんね」

「そんなんいいって!オレがを誘ったんだから」

女がラビの隣に座った。

「えっと・・・彼はエクソシストだよね」

「そうそう紹介するさ、エクソシストのユウ!オレの友達!」

「勝手に下の名前で紹介してんじゃねぇっ!!それから誰が友だ!!」


神田が思いっきり正面のラビを睨みつけた。

「・・・って言ってるけど?」

「ユウはテレ屋なんだよ。眼つきも怖くて連れねーけど、そんな悪い奴じゃないから」

「へぇ〜・・・」

「オイコラ!だから勝手なこと言ってんじゃねぇ!!叩き斬るぞっ!!」

「あはははっ、まぁちょっと落ち着いて!―――あっ!私は、よろくしね」

「はぁ!?誰が仲良くなんか・・・――――」

その時、やっと神田はを見た。

を見た神田の目が見開かれる。

長い漆黒の髪。紅い瞳。白衣を着ていたが、胸元には銀の十字架のペンダント・・・。
アクマと戦っている時とは、かなり雰囲気が違うが見間違えるハズなどない。

もう一度会いたいと思っていた・・・、忘れることの出来ない女・・・・・・。

「おっ、おま・・・、お前なんで科学班・・・」

「ん?なに?」

予想していなかった事態に混乱する神田。
それに対しは首を傾げた。

ぼわっ

「っ・・・フンっ!」


神田の顔は一気に真っ赤になり、そのまま勢い良く顔を逸らした。

「・・・?」

「へ?・・・ユウ?えっ・・・もしかして・・・・・」

神田の行動にきょとんとする
見ていたラビとしては不吉な予感。

―――ユウが?に?・・・え?ストライク・・・??―――

何度も神田とを交互に見る。

は相変わらずきょとんとしてわかってないようだが、神田は耳まで真っ赤だ。

「マジかよ・・・」

あちゃーとラビが額に手を当てた。

「え?何?ラビ、どうしたの?ふたりして」

「あーうーう〜ん・・・」

「あーうーう〜ん?」

呻くような声を出すラビ。さっぱりはわからない。

「ちっ・・・」

蕎麦を食べ終えた神田は、今日何度目かわからない舌打ちをして席を立って行った。

「あっ、ちょっと!ねぇラビ!なんか行っちゃったよ!いいの!?」

「うぅ・・・う〜〜ん・・・」

「・・・ダメだね、これは・・・・・」

ついにはバンダナをずらし顔を隠して呻きだしてしまう。

は諦めて食事に手を付け始めた。





* * * *





食堂を後に、神田は司令室に殴りこみに行った。
六幻を抜きコムイに突付ける。

笑顔のコムイは神田が怒っている理由がわかっているようだ。

ちゃんに会ったんだ?ね?捜す必要無かったでしょ?彼女、神田くんが任務でいない最近入ったんだ。
どうやら入れ違ったみたいだね」

「テメェ・・・コムイ・・・・・・」

神田の睨みと殺気が増す。

「ところで神田くん・・・。ずいぶんとちゃんのこと、気にかけているみたいだね・・・・・」

コムイの目が妖しく光る。

「なっ・・・!!」

「何?神田くん、ちゃんにホレたの?」

神田の顔が赤くなっていく。

「言っとくけど、ボクの目が黒いうちは手は出させないからね!」

神田に六幻を払いのけて宣言するコムイだが、そんなのは今の神田には聞こえていなかった。

―――惚れた?俺が?あの、とか言う女に・・・?・・・この俺が?―――

「・・・っんなワケねぇだろ!!!」

声を張り上げる神田。

そんなことあるワケが無い。
自分が恋だの愛だの・・・、馬鹿げている。
自分はあの人とあいまみえる為だけに命を使っている。これからだってそうだ。

(んなこと・・・あってたまるかっ!!)

だが、なら何だろ。一目見た時からの感情・・・・・・。

「――――おーい、神田くん?」

顔を顰めたまま黙る神田に、不思議に思ったコムイが尋ねる。

「・・・・・なんで科学班なんだ?あいつはエクソシストだろ?」

「え?ああ、ちゃんね。まぁ理由はイロイロあるんだけど・・・」

「言え」

迫力の篭った簡潔な言葉に、コムイは真剣な表情でのことを話し出した。

千年伯爵に狙われていること。
不思議な能力を持っていること。
イノセンスは特殊で、存在しない110個目のイノセンスだということ。
諸刃の剣、『終止者』『終焉の鍵』と予言されたこと。
そのため黒の教団に保護と言うことで幽閉され、任務は無く外に出れないこと。
それでも義兄に逢うために、全てを理解して自ら望んで教団に来たこと。

「・・・・・・・・・」

「神田くん。ちゃんには、優しくしてあげてね・・・・・」

一呼吸置いてコムイが言った。

「平気そうだけど、彼女はきっと辛いハズだから。辛くないハズが無いから・・・―――」

「・・・・・・・・・」

神田は六幻を鞘に戻すと、無言のまま司令室を出て行った。





部屋に戻ろうとした神田は、自室のドアの前で座り込んでいるラビが目に入った。

「・・・人の部屋の前で何してやがる」

「ユウ・・・、ユウを待ってたんだよ・・・・・」

「なんの用だ」

のことなんさ」

<>の名に神田は反応する。
ラビは立ち上がると神田に向き合った。

「オレ、ユウが恋するのも恋愛するのもイイことだと思うぜ。応援する」

「バッ・・・!・・バカなこと言ってんじゃねェ」

一瞬沸騰するかのようになったが、なんとか平常心を保った。

「でも相手がなら話は別だから」

真剣な表情でラビは告げた。

「オレ、が好きなんさ」

しばしその場の時が止まった。

最初に戻ったのは神田だった。

「ハッ、お前のいつもの病気だろ」

「いんや、今回はマジ。オレ、はマジさ。マジで好きなんだよ」

「ラビ・・・おまえ・・・・・」

神田の中で何かがフツフツと湧き上がってくる。

――――誰にも取られたくない。誰にも渡したくない。

嫉妬と、独占力。


「オレはブックマンになるから、をマジで好きになること出来ないってわかってんけど・・・。
けど今だけでも、今だけは、はユウに譲れねぇよ」

「・・・・・・・・・・・」

「宣戦布告ちゅーことで、言いたいことはそれだけさ!じゃあな〜ユウ〜〜」

ひらひらと手を振るとラビは去って言った。

本人は気づいていなかったが、神田は無意識にラビの背中を敵を見るかのような眼で睨んでいた。

―――本当は気づいていた。
一目見た時から、芽生えた感情・・・・・。

でも、認めたくなかった。認めつワケにはいかなかった―――――









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