――――彼女のことは、最初から気になっていた。

最初にブックマンから報告でのことを聞いた時、とても謎多く興味深い少女だと思った。

初めて彼女を見た時、正直驚いた。
綺麗な女性だった。髪や瞳、肌や体型とも美しかった。

けれども少女だった。トシはリナリーと1つ2つしか変わらないくらいの少女。
彼女の表情・・・笑みはトシ相応のかわいい少女だった。

綺麗で美しく、かわいい外見からは信じられないほど、強い意志を持っていた。

真っ直ぐで、強くて、深くて、思わず息を呑んでしまった。

千年伯爵に狙われてる重要性から、エクソシストでありながら任務には出れない。
保護という形での教団内での幽閉だ。

彼女は・・・最初から幽閉されること心得ていた。

それでも、どうしても会いたい人が居るらしい。
・・・気持ちは、良くわかった。

エクソシストとして任務に出れないからと、科学班で彼女が働くことになったけど、ほんと良く働く。
同じ職場になってからは、気づくと目が彼女に行っていた。

そして気づいた。
無意識のうちにだと思うけど、彼女もボクを見ていたことに―――――。

・・・正確にはボクとリナリーを見ていたことに・・・・・・。

どこか哀しげで淋しそうに、そっとボク達兄妹を見ていた。

でも・・・目が合ったり話しかけると、決まって彼女は無垢に笑う。
だから、何も訊けなくなってしまう・・・・・。

――――ずっと訊きたかったんだ。
キミのその美しい瞳に隠された、哀しさと淋しさが意味するのは何?――――





第15夜 妹





時刻は、もうそろそろ皆が就寝する時間。
―――と言っても忙しい科学班は寝る暇も無く、遅くまで残業や徹夜が多かった。

いつも起床が昼になるは、夜遅くまで仕事をする。

まだ科学班で仕事をするだが休憩をリーバーから貰った。

「ふう・・・、まだ寝てなくて良かった・・・・・・」

彼女が出てきたのは医療室。
医療員が寝てしまう前に薬を貰って来たのだ。

部屋に薬を置いてから科学班に戻ろうとした。

ちゃん」

背後から名を呼ばれて振り返る。

「コムイ・・・」

そこにいたのはコムイだった。
ずっとの様子が気になっていたコムイは、休憩で科学班を出た彼女の後を追って来たのだ。

の抱えている紙袋に目が行く。

「ソレ、なんの薬?どこか具合悪いの?」

「え・・・っと、別に具合が悪いわけじゃあ、ないんだけど・・・」

「じゃあソレは何の薬?」

コムイの問い詰めに、観念したようには溜息を吐いた。

「睡眠薬」

「睡眠薬?なんで睡眠薬なんか・・・」

「ねぇ、場所を変えて話さない?」

「そうだね、どこがいい?」

「月が良く見えるところがいい」

の提案で、ふたりは廊下から場所を変えた。





「うわぁ・・・、キレイ・・・・・・」

「でしょ?ここはからは空が良く見えるんだ」

コムイに連れてきてもらった場所は塔の上階、使われていない部屋のテラスだった。
そこから見える夜空の美しさには感嘆の声を漏らした。

「でも、少し寒いかな」

「平気だよ」

風に遊ばれる髪を押さえながら夜空を見上げるは、月や星に負けないぐらい美しかった。
同時に、どこか切ないほど儚げで、そのまま溶け込むように消えて行きそうだった。

「夜は、寝れないんだ。昼はともかく、夜は眠れなくて・・・。でもそれじゃあイケナイでしょう?
だがら睡眠薬を貰ったんだ」

はコムイに話した。

「そうだったんだ。―――原因は何?何かあったのかい?
起きてきた時、目が少し腫れてたけど・・・。あれは寝不足だけじゃないじゃない?」

少し目を見開いたは、「バレた?」とでも言うようには苦笑した。

「――・・・泣いてたの?」

「・・・うん。夢を・・・過去を見たんだ。私が逢いたい人は、まだココには居ない。
<待ってる>じゃなくて、<待ってろ>だったんだ。私、勘違いしちゃって、少し・・・落ち込んじゃった・・・」

「そう・・・、残念だったね・・・・・・」

「でも、でもね!ココで<待ってろ>って言ってたんだから、ココに居れば、必ず逢える!
そう思えば、とっても楽しみだよ」

そう言って無邪気に微笑むの姿が、コムイには健気で仕方がなかった。

「強いんだね、キミは・・・・・・」

「強くなんか無いよ。もう、たくさん泣いたから平気なだけ。
涙は、悲しみも苦しみも、痛みも辛さも、洗い流してくれるからね。―――だから私は、今こうしていられる

「・・・・・・・・・・」

それが<強い>と言うことなのだと、コムイは思った。

本当に強い。彼女自身も、彼女が抱く<会いたい>という想いも意志も。

コムイはの気持ちが痛いほど判った。
自分は、黒の教団に無理やり連れて行かれたリナリーに会うために室長の座を手に入れた。

リナリーは自分が来るまで、どんな気持ちで居たのだろうか?
―――――――淋しかったろう。悲しかっただろう。辛かっただろう。
縛り付けられ、触れてしまった・・・・・。

その頃とはトシも、強さも、条件も違うが、抱いている淋しさと不安の気持ちは同じだと、コムイは思った。

だから少しでも、そんな気持ちを和らげてあげたかった。

「キミが会いたがっている人は、本当にとても大切な人なんだね・・・。
そんなにキミに想われてるなんて、妬けちゃうなぁ・・・」

「彼は私にとって特別な人だから。私の義兄」

「・・・兄?」

「うん・・・。だから、リナリーがいなくて<淋しい>ってコムイが答えてくれた時、良かったと安心した。
彼とコムイはかなり違うけど、一応同じ兄(?)だし・・・。
彼も私と逢えなくて<淋しい>って、思ってくれてるんじゃないかなって思って・・・」

「きっと思ってくれてるよ、お兄さんは」

「そうなら、うれしいな」

はコムイの言葉に嬉しそうに笑った。
釣られるようににコムイも笑った。

ちゃんは、お兄さんが大好きなんだね。優しいお兄さんなんだ」

「うん!大好きだよ!私と彼は血の繋がりはないけど、ある意味でも兄妹なんだ。
よく覚えてないけど・・・少なくても、私には誰よりも優しくて、誰よりも私のことを想ってくれた。
・・・とても、とても・・・温かかったのを、覚えてる・・・・・・・・」

「イイお兄さんだね。・・・・・それに比べてボクは―――」

「どうしたの?」

表情を暗くして、つい出てしまったコムイの言葉。
は首を傾げて不思議そうに尋ねた。

「あ・・・いや、ただ・・・、それに比べてボクはダメなお兄ちゃんだと思ってね・・・」

「どうして、そう思うの?」

鮮やかだが透き通るほど澄んだ紅い瞳が、自分を覗き込んでくる。

コムイは自分と、リナリーが黒の教団に来た経緯を話した。

アクマに両親を殺されたこと。
リナリーがダークブーツ(黒い靴)の適合者で、唯一の肉親である自分と引き離され、黒の教団に連れて行かれたこと。
自分はリナリーに会う為に、3年掛けて科学班室長の座を手に入れたこと。

それまでリナリーは、外にも出してもらえず縛り付けられ、触れてしたこと・・・――――。

「・・・大変だったんだね」

話を訊いたは哀しそうに、静かに呟いた。

向けられる清らかな瞳に、コムイは懺悔をしたい気持ちになっていった。

「会えたはいいが、今度はボクが・・・エクソシスト達を、大切なリナリーを闇の中、
伯爵との戦いの仲に放り込むことしか・・・してあげられない」

「・・・仕方ないよ。コムイは室長なんだから。
それにコムイはリナリーに一番してあげなきゃいけないこと、ちゃんとしてる」

「え?」

「居てくれること」

少し目を見開くコムイ。

「居てくれれば・・・居てくれるだけでいい。大切な人が、そこに居てくれる
優しくしてくれる。見守っていてくれる。温かく迎えてくれる。それだけでいい・・・、それだけで十分・・・・・・」

は自分の側に居てくれた、温かくて優しい特別な彼が思い出して続けた。

「リナリーも、そうなんじゃないのかな?
―――リナリーだけじゃない。
優しく見守って、温かく迎えてくれることが・・・闇から戻って来る。戦いから戻って来る者には、必要」

―――十分。十分なんだよ。

何気ないそれだけのことが、とてもうれしいだよ・・・。
いつも側に居てくれたアナタが、今は居なくなってしまった私にはわかる。

本当に感謝してるのは、もしかしたらこっちの方。

ありがとう、ありがとう・・・。居てくれてありがとう―――。

「それがコムイがしてあげられること。居てくれるから、帰っても来れる」

優しく微笑む

「妹(?)目線で見ててわかる。リナリーはコムイのこと好きだよ。何だかんだ言っても、とても大切だと思ってる」

決して、コムイはダメなお兄ちゃんなんかじゃない。

「コムイは素敵なお兄ちゃんだよ」

コムイは目の前の、その存在を疑った。

美しい夜空の下。
テラスの柵に背を寄り掛けながら、そう断言するは、本物の女神のように美しく、綺麗だった。
姿も、心も、魂も、自分と同じ人間とは思えないほど、彼女は綺麗で美しすぎた。

「コムイ?」

「あっ・・・。なぐさめるつもりだったのに・・・、逆になぐさめられちゃったよ」

我に返ると誤魔化して笑う。
そんなコムイにも、くすっと笑った。

「そうだ!ボクがちゃんの、お兄ちゃん代わりになってあげるよ!!」

「・・・・・・・・・遠慮しとく」

「まあ遠慮しまいで!」

「いや・・・、ホントに結構です。私の義兄は彼だけだから」

「リナリーも姉妹が出来て喜ぶよ!!」

「人の意見を訊け!!」

「かわいい妹が増えてうれしいなぁ〜〜〜〜〜(喜)」

「そんなに妹増やしたいのかシスコン!!・・・ってか、勝手に決めるなーーーーーっ!!!!」


―――少しでも、気持ちを和らげてあげたかった。
でも・・・。

気持ちを和らげられたのはボクの方だった―――




翌日、黒の教団総本部でコムイのちゃんを妹にします☆宣言』が大々的に発表された。

皆がショックと共に引く中、喜んだのはリナリーだけだったとか・・・・・。









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