優しい何かが、私を抱きしめる。

温かい何かが、私を包み込む。

―――ああ・・・なんて、懐かしい・・・・・・―――。

とても安らぎ落ち着く、この感覚。
私は知っている。この感覚を覚えている。

・・・それを彼が教えてくれた。

彼は私に、誰よりも優しくしてくれた。

彼が私に、ぬくもりと言う温かさを教えてくれた。

彼に出逢えて、私は孤独では無くなった。

彼は私を、恐ろしく冷たい暗闇から救い出してくれた。


『いいか、いざとなったら、黒の教団へ。出来るだけ早く戻ってくる、待っていてるんだ』


夢から覚め、涙で滲んだ虚ろな瞳を開いた。

深夜。まだ外は真っ暗で月が浮かんでいる。

ベットの上の身を、ゆっくりと起こそうとした。

ポタ・・・ポタ・・・

静かに、シーツにシミが出来ていく。

「なんだ・・・。私の早とちりだったんだ・・・・・・」

再び、涙で瞳が潤んでいく。

「・・・待ってれば、アナタはココに来るんだね・・・?―――でもまだ、アナタはココには居ないんだね・・・・・」

ベットに顔を埋める。

ようやく逢えると、思っていたのに。
それはまだ・・・遠い。

「逢いたい・・・。逢いたいよ・・・・・・・・」

誰にも聴こえないように、弱弱しい声で呟いた。

彼が居ない、独りぼっちの夜。
独りの夜は眠れない。キライ。イヤだ。落ち着かない。

孤独と虚しさと淋しさ、不安と期待への失望に、はただ静かに泣いた。





第14夜 兄





科学班へと続く教団の廊下を、ひとりの少女が通る。

実際には少女と言うには大人で女性と言うには幼さが残る、微妙な年頃。
だがその美しさは共通して人々を魅入らせた。

歩くたびに長く美しい漆黒の髪が揺れ、着ている白衣の隙間からはスラリとした白い美脚が見え隠れする。

が教団に来て1週間。

その優れた容姿と優秀さから、彼女の噂はすぐに教団中に広まった。
任務で教団を留守にし、噂を知らないも者もいるためか――――。

すれ違う団員達は、思わず振り返りに目が行ってしまう。

「おはよーごさいまーす・・・」

「おう、おはよう。ついでにもう昼だぞ」

が目を擦りながら仕事場の科学班に着くと、彼女の姿を見た科学班班長のリーバー・ウェンハムが苦笑しながら言った。

「おはよう。ほんとちゃんは朝が弱いね」

こちらは相変わらずヘラヘラとした笑顔を絶やさない、科学班室長のコムイ・リーだ。
こういったところはラビと同類だとは思っていた。

「あれ?我らがアイドル、リナリーは?」

いつもなら真っ先に朝の挨拶をしてくれるリナリーがいないことに気づき、は周りをキョロキョロと見渡す。

「今朝から任務に出てるんだ」
(我らがアイドルって・・・、もうもアイドルなんだけどな・・・)

もはや自分の人気がリナリー並みだということに、気づいていない様子の

「そーなんだよちゃん!リナリーが任務でお兄ちゃんは淋しい・・・」

「お兄・・・ちゃん・・・・・」

コムイが自分を<お兄ちゃん>と言うのに、つられたように無意識に呟く

ドクン


『――――ねぇ・・・、お兄ちゃんて・・・呼んでもいい・・・・・?』


――――――ザザッと流れたのは過去の残像。

「ハイハイ。それは聞き飽きましたよ。コムイ室長、仕事してください」

「キャーーー!鬼ーー!!リーバーくんばっかりちゃんとお話して、ズルーーイ!」

「子供ですかアンタは!?」

いつものやり取りをするコムイとリーバー。

ふと、リーバーはの様子がおかしいことに気づいた。

「おい、どうかしたか?」

「・・・え?」

「元気ないな」

「そう?多分、まだ頭が働いてなくて、テンションが低いだよ」

笑っては誤魔化す。

「そうか、ならいいんだが。んじゃあ、あの書類の整理頼むな」

「はーい」

はリーバーに言われたとおりに、デスクの上の山に目を通して整理していく。

「・・・・・・・・・・」

何故だろう。何故だかそんなの後姿が、コムイには淋しそうに見えた。

「室長!室長も仕事してください!!」

「・・・・・・・・・・」

「コムイ室長!!」

「えっ!?あ・・・何?リーバーくん」

「何って・・・どうしたんすか、ボーーっとして・・・」

「えーべつにーー・・・。あ!そう言えばちゃん!頼まれてた団服で来たよ!」

「ホントに?」

自分の元にやって来るに、コムイは団服を手渡した。

「ねえ、やっぱり考え直してくれない?この団服」

「私は、このタイプがいいんです」

「ええ〜〜〜、あっちの方がいいのになぁ〜〜〜〜」

「アナタの趣味は訊いてません」

「まあ、いいか!チラリズムだもんねっ!

「まだ言うか・・・」

楽しそうなコムイに、半眼で冷たい眼差しをは向けた。

団服について。―――ことの始まりはが教団に来た初日のことだった。





* * * *





コムイがの前でエクソシストの団服を広げて見せる。

「科学班で働くとしても、エクソシストであることには変わりないからね。
じゃ〜〜〜ん!これがちゃんの、エクソシストの証の団服でーす!

それはリナリーと同じ団服だった。

「却下」

「どうして!?」


「そんなミニスカなんて着れない!!」

ちゃんなら絶対に似合うよ!」

「イヤです!ズボンにしてください」

「ダーメ!美人でかわいいんだから、ミニスカにしなさい!!これは室長命令です!!」

「職権乱用だぁぁあぁぁぁっ!!!」

「さあ!ちゃん!!」

コムイは、ずずっ――とリナリーと同じ団服をに押しつけた。

「イヤだーーー!!絶対にイヤーーーー!!
私にはリナリーみたいに、そんな短いスカートだけを着る度胸は無ーーーい!!!」


必死には拒絶を叫ぶ。

「なんでリナリーは、あんな中が見えそうなミニスカ着れるのっ!?
リナリーもエクソシストで戦うんでしょう!?しかも対アクマ武器はブーツなんでしょうっ!?
動き回らないならともかく、いざ戦う時にスカートが気になって戦えない!!」

イノセンスを感知できる
リナリーの対アクマ武器がブーツだということも、出会った時から分っていた。

「だからミニスカがいいんじゃないか。動きやすいように。慣れれば大丈夫だってリナリーが言ってたよ!

実経験があるリナリーが証言してるのだ。・・・しているのだが。
―――それでも、やはり抵抗がある。

「・・・団服のデザインって変えられるの?」

「まあ、ある程度ならね。本人に合ったのが一番だし」

「ならせめて、上着をコートみたいにしてください。ミニスカが捲れないように細工して・・・。
そしたらミニスカをガマンするよ」

「ええ〜〜〜〜!!―――コートタイプの団服にするのぉ?
・・・はぁ、しかたない。それで手を打つよ・・・・・・・」

(溜息吐きたいのはこっちだっ!)





* * * *





回想に思い耽っていたは、手渡された団服を抱きしめる。

「あぁ・・・、あの時のコムイの説得は大変だった・・・。やっと出来たんだね、この団服」

「ちょっと着てみなよ」

「うん。それじゃあ・・・」

は団服を着るために白衣を脱ぐ。

今のの格好は、リナリーと同じミニスカートに白いシャツ。黒いブーツ。
その上に白衣を着てボタンを閉めていた。

―――これはどうでもいい話なのだが。
この姿をしたを見たラビが、「ミニスカ最高っ!!チラリズムバンザイっ!!!!」とか叫びながら跳びついて来たので、そのままに投げ飛ばされたとか・・・。

はミニスカートのままは嫌だそうだ。
脚を出すのが嫌なのでなく、気になるのが嫌だそうで、上に何かを着て留めていれば良いらしい。

ロングコートの袖に腕を通し、銀のボタンを閉め、腰にベルト巻き締める。

「うん、動きやすい」

クロスと同じコートには満足そうだった。

普通のコートよりもボタンの数が多く、ミニスカートの裾まで留まり、それ以上は捲れないようになっていた。
動いてみると、ボタンを留めた下は合わせ面がスリットっぽいロングスカートのようだ。

「ロングコートの間から見える白い脚!こうして見ると、そのままよりチラリズムもいいね!!

「人が機嫌良くなったのに、悪くしないでもらえる」

そのままはそっぽを向むいた。

「ほら!呆れられてますよ室長!」

ちゃん冷たーーーい」

エクソシストの団服から白衣に着替えたは、そんなふざけたことを言っているコムイを無意識にじっ・・・と見つめていた。

「え?なに何?そんなに見つめられると照れちゃうなぁ〜〜〜」

「・・・・・・・コムイは、リナリーがいなくて淋しい?」

上目ずかいで首を傾げながら尋ねる、そのの姿はなんとも可愛い。

いつものふざけた調子でコムイも「かわいぃーーv」などと言うところなのだが―――・・・。
自分を見つめるの目は、ふざけられない真剣の目だった。
その真剣な眼差しに、コムイも真剣に答えた。

「・・・淋しいよ。唯一の肉親、―――大切な妹だからね」

「そう・・・・・。リナリー、早く無事に帰ってくるといいね」

コムイに答えに、嬉しそうに満足そうには微笑んだ。

それだけの唐突に質問を終え、は何事も無かったように仕事に戻る。

ちゃん・・・・・?」

嬉しそうで満足そうに微笑んだ
だがコムイには、自分の答えに彼女が安堵したかのように見えた。

そんなが、コムイは不思議でならなかった。









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