第13夜 価値と示す意味




ズズズ―――――。

十字架に触手が入るにつれ、ビシビシと伝わってくる。

(気持ち悪い・・・!体の中を探られてる感触・・・!!)

の顔色がどんどん青くなる。

この反応・・・、装備型ならココまでの反応はしない。
やはり寄生型のようだとコムイは観察していた。

は己の中で警報が鳴っていた。

ダメだ、コレ以上は。
コレ以上は私を知られる。

何より私の中に入って来ていいのは彼だけだ。彼以外は核心に受け入れてはいけない。
彼だけが特別なのだ。

「やっ、やめてっ・・・!私の中に入って来ないでっ!!」

バチン!


ヘブラスカの触手が銀の十字架から弾き出された。

「あ゛あ゛っ・・・あ゛ぁぁぁあ゛・・・あ゛あ゛ぁ・・・、お・・・落ち着いて・・・」

大元帥達もコムイも、その光景に目を見開く。
今までヘブラスカがイノセンスに触れ、イノセンスに拒絶されたのは初めてだった。





第13夜 価値と示す意味






弾き出されダメージを受けたのだろう。苦しそうなヘブラスカはを落ち着かせようとする。

ヘブラスカは、自分の額をの額に当てた。

キィィィイイイイィィ

「・・・20%、・・・34%、・・・48%、66%・・・、87%・・・、95%・・・、100%!
どうやら100%が、今、お前と武器とのシンクロ率の最高値のようだ・・・」

「100%!?」

驚きの声を上げたのはコムイだ。
大元帥達もざわついている。

「私のシンクロ率は・・・100%なの?」

「そうだ・・・、対アクマ武器発動の生命線となる数値だ・・・。
シンクロ率が低いほど発動は困難になり、適合者も危険になる・・・。
お前は完全にイノセンスと適合し、使いこなせているようだな・・・」

ヘブラスカはを下ろす。

「嫌な思いをさせてすまなかった・・・。
私は、ただ・・・、お前のイノセンスに触れ、知ろうとしただけだ・・・」

「私の・・・イノセンスを・・・?」

・・・、お前のイノセンスは・・・、全部のイノセンス109個とは違う・・・」

「違う!?どういうことだヘブラスカ!彼女のは、イノセンスではないのか!?」

「いいや・・・、間違いなくイノセンスだ・・・。
だが、109個のどれでも無い・・・。存在するはずの無い110個目のイノセンスだ・・・」

「存在する109個のイノセンスでは無い、存在するはずの無い110個目のイノセンス・・・・・」

銀の十字架のペンダントに触れながら、は呟く。

大元帥達はざわつきながら話し合っていた。

・・・、お前のイノセンスは特殊だ・・・。装備型のようで、寄生型のように力を発揮する・・・。
お前は黒い未来の中の白、世界の運命を左右する、終焉を止める偉大な『終止者』になるだろう・・・。
私には、そう感じられた・・・・・・。それが私の能力・・・」

「すごいじゃないか!ヘブラスカの<予言>は、よく当たるんだから。
入団するエクソシストは、ヘブラスカにイノセンスを調べてもらうのが規則なんだけど、
ちゃんはボク達が待ち望んでた存在かもしれないっ!謎が多いけど、キミの価値は非常に貴重だよ!!」

「だろうね・・・」

興奮気味のコムイに対し、は自嘲気味に笑った。

ヘブラスカの言っていることは当たっている。

私の真の正体まではわからなかったようだが、――――私は間違いなく終焉を止める『終止者』だ・・・。
ただし、絶対に必要だと言われても、この世界の『終止者』になるつもりは無い。

私には、私の世界があるのだから――――。

そんなが思いの中、ヘブラスカからとんでもない発言が出た。

「だが・・・、それと同時に・・・、
お前の魂が黒に染まれば、世界を終焉に導く源である、『終焉の鍵』にもなるだろう・・・・・・」

『――――!!?!?』

ヘブラスカの言葉の、や大元帥とコムイに与えた衝撃は大きかった。

よ・・・、お前の運命は、あまりにも過酷な白と黒の狭間・・・・・・。
お前は終焉を止める『終止者』だが、終焉に導く源である『終焉の鍵』にもなる・・・。
二つに別れた白と黒の未来・・・。千年伯爵がお前が狙う理由は、そこにあるだろう・・・。
言わばお前は諸刃の剣だ・・・・・・」

そのセリフで、大元帥達の空気が変わったのに、は気づいた。

興味と危険性。
崇拝と恐れ。
希望と絶望。

(・・・・・どうして?)

『終焉者』である私が・・・、どうして『終焉の鍵』なんかになる・・・?

は混乱していた。

自分の存在とは、正反対の存在。
私の知らない過去・・・、もしくは私の知らないトコで・・・、何かあったのか・・・・・。

ふとあの人・・・、名前も顔も思い出せない<彼>のことを、こんな時・・・こんな時だからこそ思い出してしまう。
不安と哀しみに襲われると、どうしても彼を求めてしまう。求めずにはいられない。

――――――逢いたい・・・。

「顔色が悪いよ、大丈夫かいちゃん・・・?」

「・・・大丈夫だよ」

心配そうに顔を覗き込んでくるコムイに、無理やりは微笑んだ。

大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
―――そう言い気聞かせないと、きっとダメだろうから。

「もうイロイロとちゃんは知ってるみたいだけど、一応ちゃんと説明するよ」

は、真剣な顔でコムイの話に耳を傾けた。

「この事実を知っているのは、黒の教団とヴァチカン。そして千年伯爵だけだ。・・・キミのような例外もいるけどね」


すべては約百年前、ひとつのキューブ(石箱)が発見されたことから始まった。


後生の者達へ・・・。

我々は闇に勝利し、そして滅び行く者である。

行く末に起こるであろう禍から汝らを救済するため、今ここにメッセージを残す――――。


「そこに入っていたのは古代文明からのひとつの予言と・・・、ある物質の使用方法だった」

「イノセンス・・・」

「そう、そのキューブ(石箱)自体も<それ>だったんだが、『神の結晶』と呼ばれる、不思議な力を帯びた物質だよ。
ボク達が<イノセンス>と呼んでいる、キミのペンダントの十字架のことだね。
キミも知ってのとおり、対アクマ武器とはイノセンスを加工し、武器化したものの呼称なんだ

キューブ(石箱)の作り手は、そのイノセンスをもって魔と共に訪れた千年伯爵と戦い、打ち勝った者だという。

(伯爵か・・・)

だが、結局世界は一度滅んでしまった。

約7000年前、旧約聖書に記されている「ノアの大洪水」が、それだ。

キューブ(石箱)は、それを「暗黒の三日間」と記しているけどね。

「そして、キューブ(石箱)の予言によると、世界は再び伯爵によって終末を迎えるらしい」

『暗黒の三日間』の再来!!

「現在、予言通り伯爵は、この世界に再来した。
ヴァチカンは、この真実によりキューブ(石箱)のメッセージに従うことにしたんだ。
それが、イノセンスの復活と黒の教団の設立」


使徒を集めよ!
イノセンスは、ひとつにつきひとつの使徒を選ぶ。

それすなわち「適合者」!!

「適合者」なくばイノセンスは,その力を発動しない!!


「イノセンスの適合者。それが、キミ達エクソシストのことだ」

だが、伯爵もまた過去を忘れてはいなかった。
神を殺す軍団を創り出してきたんだ。

「それがAKUMA」

「そう・・・、あの兵器はイノセンスが白ならば、黒の存在でもある暗黒物質<ダークマター>で造られている。
進化すればするほど、その物質は成長し強化されていく。伯爵はイノセンスを破壊し、その復活を阻止するつもりだ」

イノセンスはノアの大洪水により、世界中に飛散した!!!

「その数はキミのイノセンスを除いて、本来は全部で109個。
我々は、まず各地に眠っているイノセンスを回収し、伯爵を倒せるだけの戦力を集めなくてはならない。
伯爵もまたイノセンスを探し、破壊すべく動いている。イノセンスの争奪戦争だ


我々がこの聖戦に負けた時、終末の予言は現実となる。


『不思議な力と伯爵に狙われている事実。特殊な存在しない110個目のイノセンスと、予言のこともある・・。
お前について、今後のことを検討する・・・・・・・・』

「ま、そんなところだ。以上で長い説明はおわ・・・」

「やっぱり、私の知っていた情報通りだ。―――どうして知ってるんだろう・・・・・」

顔を伏せる

「それに、私は確かに狙われているけど、でも伯爵は本気じゃない。―――今はまだ」

「本気じゃない?今はまだ?」

静かに告げるに、コムイは聞き返した。

「伯爵はおもしろがっている。
私が自分の手から逃れるのを・・・、私がアクマを破壊するのを、楽しんでいる。
だからアクマに私を連れてくるように命令しても、無理に必死になって捕まえようとはしてこない。
一度、伯爵に会ったことがあるけど、その時も・・・そんなことを伯爵が言っていた」

だんだん表情が暗くなる

コムイは、そんな彼女に片手を差し伸べ、励ますように陽気な笑みを浮かべてウィンクしてみせた。

「なんにしても、一緒に世界の為に頑張りましょう。一銭にもなんないけどね」

「・・・うん」

「ようこそ、黒の教団へ!」

はコムイの手を取り、固く握手をした。

ちゃんはさ、どうしても会いたい人がココに居るから来たんだったよね?どんな人?」

「―――わからない」

「・・・わからない?」

「若い男の人だと思うんだけど・・・、名前も、顔も、思い出せない。
わかっているのは、彼が私にとって特別な人だと言うこと・・・。そして私は彼に逢わなくてはいけないんだと言うこと」

すべては・・・私のすべきことと、戻るべき場所の為に・・・・・・。

「・・・・・エクソシストやファインダー(探索部隊)なんかは、
ほとんどは世界各地に任務で点在しているけど、もしかしたらその中に居るかもしれないね。
―――そのうち、きっと会えるよ・・・」

優しい眼差しで、労わるようにの頭を撫ぜた。
コムイには彼女の気持ちが良く判った。

自分もたったひとりの肉親である・・・妹のリナリーに会う為に、科学班室長の座を手に入れたのだから。
それが、今ここに居る理由と経緯だ。

「・・・ありがとう。
そう言えば、戦うタイプではないけど、ヘブラスカもエクソシストなんでしょう?」

優しい彼に微笑み返し、ヘブライカに視線を向けた。

「へぇ〜〜〜、すごいね、ちゃんは!よくわかったね!」

「私は、例のキューブ(石箱)の適合者として・・・、教団の創設時からずっといる。イノセンスの番人だ・・・。
たくさんの・・・エクソシストと出会ってきたが、お前のような神秘な存在に出会ったのは初めてだ・・・・・・。
・・・、お前に、神の加護があらんことを・・・」





* * * *





あれからずいぶん時間が経った。

与えられた部屋、今日から自室となった部屋に入る。
その頃には、日が暮れて、もう夜になっていた。

机にイス、ベット。床には大き過ぎない丁度良いカーペット。壁には絵が掛けられている。
シンプルで過ごしやすそうな部屋だ。

床の上に荷物であるトランク置き、着ていた上着のブレザーを脱ぎ捨てた。

「はぁーーーー」

どさっ――と、ふかふかのベットに倒れこんで長い溜息を吐いた。

「・・・・・・・・・・。なんか疲れた・・・・・・」

ふと、窓があることに気づいた。

はベットから起き上がると、歩み寄り窓を開ける。

大きく綺麗な満月が夜空に浮かんでいた。

「ねぇ・・・、どうして姿を見せてくれないの・・・?」

月を見詰めながら、今ここには居ない特別な彼に話し出す。

顔や名前はわからなくても、姿を現してくれたなら、この人だと感じてわかる。
彼がここに居るなら、私の存在を感じて必ず現れてくれると思っていた。

――――――私達は特別だから。

「アナタは、ここには居ないの?
それとも、エクソシストやファインダー(探索部隊)だから・・・、任務でいないだけ?」

窓枠に寄り掛かかる。
その問いに答えてくれる者は誰もいなかった。

淋しさに満ちた顔が月に照らされていた。

コンコン

、少しいい?」

ドアがノックされた。
聴こえてきたのはリナリーの声だ。

「―――うん、ちょっと待って」

は窓を閉めると、ブレザーを着てドアの前に立った。

瞳を閉じ、ふぅっと息を吐いた。
気持ちを切り替え瞳を開けると、いつもの顔で・・・そこに淋しさは無かった。

「お待たせ」

「ごめんね。疲れてるだろけど、兄さんが話があるって。一緒に司令室に来てくれる?」

「うん。もちろん」

ドアを開ける前に立っているリナリーが、そう告げた。
すぐには了解すると、共に司令室に向かった。





司令室に着いた

床じゅうに敷き詰められたかのように散らかっている書類。
その光景に呆然したに、リナリーは苦笑した。

「あ、足の踏み場が無い・・・」

「あんまり気にしないでいいから」

「いや〜〜〜、ごめんねーちゃん。疲れてるのに呼び出したりして」

コムイは大きなデスクで判子をリズム良く押していたが、の姿を確認すると手を止めた。
彼女がソファーに座ると、話し始める。

「大元帥の判断が出た」

だいたいの予想はついていた。

「キミは今日をもって正式なエクソシストに任命される。
―――と同時に今後一切、この黒の教団から出ることを禁ずる

「!?」

やっぱり・・・っと冷静なに変わり、驚いて酷く反応したのはリナリーだった。

「兄さん!どういうこと?教団から出ることを禁止するなんて・・・、それじゃあ任務の時は!?」

ちゃんに任務は無い。ヘブラスカの予言からも状況からも、キミの存在は非常に貴重かつ危険だ。
今は千年伯爵が本気じゃなくても、いずれ本気になるだろう。
キミを伯爵に奪われ『終焉の鍵』にするわけにはいかない。
我々教団もまた、終焉の『終止者』であるキミを失うわけにはいかないんだ」

「保護という名目の幽閉、ってことね」

「そんなっ・・・」

「驚かないんだね」

「ここに来ると決めたときから、覚悟はしてたから。
今は世界を賭けた戦争中だから、・・・それが優先されるべき適切な判断だと思うよ」

どこか冷めたようには言う。

そんな彼女が、リナリーは不思議で仕方がなかった。そして密かにコムイもまた・・・。

団員達は外出許可を取れば、教団から少しぐらい町に出掛けることが出来る。
エクソシスト達も同じだし、なおかつ任務でだって外出する。

だが彼女は違う。

何故彼女は幽閉されると言うのに。
・・・もしかしたら戦争が終わるまで、もう二度と教団から出ることが出来ないかもしれないのに。
彼女には・・・強制的に自由が無いのに――――。

なのに何故、こんなにも平然としていられるのだろう。

「あの人に逢えるのなら、それぐらい辛抱出来るよ。その為に、私はここに来たのだから。
それくらいの自由という代償は払ってみせる

――――――強い。

コムイとリナリーは思わず息を呑んだ。

の、その凛とした声と姿は揺ぎ無い想いを象徴し、その瞳は意志の強さを物語っていた。



「科学班で働きたい?」

「うん」

科学班で働きたい、とコムイに言ったのはだ。

「どんなに力が有って、どんなにイノセンスとシンクロしてても、任務に行けないならエクソシストとしては教団に居られないよ。
だから科学班員として」

「でも、科学班って大変よ?」

ちゃんは、こっちが無理に不自由にさせてるんだから。そんなの気にしなくていいんだよ」

「それでも、何もしないなんてこと出来ない。私は、私が今、来ることをしたいんだ」

「・・・わかったよ。キミがそこまで言うなら。けれど科学班で働くなら、それ相当の知識が必要だ」

「普通の人よりは・・・って、程度の自信ならあるよ」

「それじゃあ、テストをしましょーーーう!」

とても楽しそうに、コムイはどこから出したのかテスト用紙を掲げた。



1時間後。

「――――――できた」

科学者としての必要な知識の問題、100問テストを真剣に解いていたがペンを下ろした。

「もう出来たの?時間は無制限だから慌てなくても大丈夫だよ?」

科学者としての問題だ。レベルが高い為、時間は無制限となっていた。
時間よりも、知識の有るか無いかを見たい。

それを一時間で出来たとが言うので、少々驚くコムイ。

「これで・・・大丈夫、多分。
わからないとこ少しあったけど、これ以上は考えてもわからないと思うから・・・」

「なら採点するよーーー」

答案用紙をリナリーが回収すると、コムイが採点しだした。

採点中。
しばらくお待ちください。

、コーヒー飲む?」

「コーヒーは、ちょっと苦手で・・・」

「そうなの?ならココアにする?」

「うん。―――リナリー、笑わないでよ・・・」

がコーヒーが苦手だと知るや、リナリーがふっと可愛く笑う。
それに対しは、つまらなそうに顔をむくらした。

「ごめんね。かわいいなぁーと思って」

「コーヒーの苦手なのが?」

「うん!だってさっきまでの、凛々しくてカッコイイって感じだったのに・・・。
そのギャップがかわいかったから」

「良くその場の雰囲気で変わるって言われるよ。まぁ、私自身も、時々わざと使い分けてる時もあるけどね」

悪戯っぽい笑みを浮かべるは、無邪気な少女だった。

「雰囲気がまるっきり変わっちゃうほど、それだけちゃんが強い証拠だね」

「きっと会いたい人に会えるよっ!
それまでがんばろう!力になるから、困ったことがあったらなんでも言ってねっ!」

「ありがとう」

話に混ざって来たコムイ。

そしてリナリーはの願いを、会いたい人に会えることを心から願った。
会いたいのに引き離された苦しみを、良く知っていたから。

はふたりに礼を言い微笑んだ。

「採点が終了したよ。―――結果は・・・合格っ!

ほっ、と胸を撫で下ろす

「これだけの知識があるなら戦力になるよ!
ちゃんは、ほんとすごいね〜〜〜。いや〜、こっちとしても助かるよ」

心底嬉しそうにコムイが言った。

「あらためて、これからよろしくね!ちゃん!」

「よろしく!」

「うん、よろしく!」

・・・そう、これからよろしく。

私が彼と再会するまで。
私と彼が逢い、ここを離れるまで。

私が元のあるべき世界に、彼と共に帰るまで。

その時まで――――――――。









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